KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

安倍政権を主な支持層である「ミレニアル世代」「さとり世代」が日本を滅ぼす可能性

ジェネレーションギャップの本質が変化している

まず最初に断わっておくが私は男女とか性的志向は勿論の事、こういう世代とかで結果的に差別につながるような言質には反対である。だからこの記事のやや「世代ギャップ」に対して「今の若い者は..」的な発言には寧ろ嫌悪感を抱くものである。

だがいわゆる「さとり世代」とかいわゆる「ミレニアル世代」を見るとジェネレーションギャップというものが今までのジェネレーションギャップの本質と全く違うことがわかる。

だいたい今までの「世代ギャップ」はどちらかというと若者が従来の体制や価値観に疑問を持ち、旧体制を壊しアナーキーになる傾向がありそれが「保守的な」年寄りと対立する、という構図だった。だが今の「ミレニアル世代」「さとり世代」とそれ以上の年齢層はそれとは違う。

ひとことでいれば「ミレニアル世代」「さとり世代」の方が「体制肯定派」となり30以上の世代の方が「体制否定のアナーキズム」に傾倒する、という全く逆の構図になっている。具体的にいえば前者に安倍政権の支持者が圧倒的に多く、30以上は安倍政権の支持者は少なく50以上では安倍政権支持者は完全に少数派となる

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自分たちに不利になる政策を行う政権を支持する不思議

冷静にロジックで考えてみると安倍政権が若者のための政策を進めているとは到底いえないことは明らかだ。

自民党を含むこれまでの政権は、税収が増えた分を借金返済にまわして財政再建に充ててきたが、教育無償化といった「現世利益」に寄りすぎたバラマキは将来への借金のつけまわしになりかねず、若者たちの将来不安にこたえることにならないのは明らかだ。

自民党が野党時代に発表した党憲法改正草案に明記された「国防軍」をとってみても、徴兵制は採られないとしても、兵力として期待されるのは若者だ。

ここで見えてくるのは戦争が起きれば真っ先に駆り出される若者たち、そしてアベノミクスのもとで不安定な非正規雇用が拡大し、影響を被るかもしれない若者ーつまり安倍政権の政策でもっともあおりを食らう可能性が高い世代が安倍政権を支持しているという構図である。

これを見て私はあることを思い出した、

小泉政権の時、小泉政権新自由主義政策で「捨て去られるかもしれない」層が小泉政権を熱烈に支持していた、という構図。いわゆる「自己責任廚」が最も多かった当時の20-30代若者が最も小泉政権を熱烈に支持し、そして小泉政権の政策で切り捨てられた人たちの支持によってその政策が推し進められた。

小泉政権自体はもう10数年前のできごとで「ミレニアル世代」「さとり世代」はそのことを知らないだろう。だがそれだけに彼らが同じワナにはまることが心配される。

小泉政権の時もそうだったが、小泉政権も安倍政権もイメージ的なセンセーショナリズムから「自分たちに新しい時代が来る」というある種の錯覚を与えたために本来は自分たちのためにならない真逆な政策を「自分たちをよくする政策」と勘違いして支持してしまったことが原因だろう。

「ミレ二アル」「さとり世代」の特徴

この世代に共通する傾向をまとめると

1.強いものにひかれ、今ある現実を受動的に肯定する。変化を極端なほどに忌み嫌う

2.異論や反対することを極端に嫌う。他人と違う意見を述べることはよくないことだと考える

*(とりわけ「さとり世代」に顕著)他人からいわれないと、命令されないと何もしない、自分で自発的に企画したりものごとを作る、という発想がない

4.極端なほどの没個性。「他人と違う」ということを嫌う、自分と異質な人間を受け入れない。同調圧力に極端に弱い

*(とりわけ「さとり世代」に顕著)何か問題が起きても自分が当事者なのに他人事のようにふるまう。自分のやったことに責任を持とうとしない

 むろん「ミレニアル世代」「さとり世代」の全ての人間がこれにあてはまるわけではない。いやもっというとこの世代のかなりの割合が上記5つにあてはまらない人間であることを私は心の底から願っている

上記の5つはいずれも問題だが私が特に心配なのは上記の**である。この世代が各企業の中心を担う時代になっていた時に企業とトップが「他人から命令されないと何もできない」「問題が起きても他人事」のようでは企業自体が機能不全に陥ってしまう。そんな会社が。日本の大多数になってしまったら日本は崩壊し、滅びてしまうだろう

また上記*はまさに今の安倍政権の閣僚やその安倍の雰囲気が伝染してしまった官僚組織の最近の傾向そのものであり、これが「ミレニアル世代」「さとり世代」が社会の責任ある世代になった時にその病気が日本中に蔓延する、など考えただけで恐ろしい状態になる。

その時に日本という国は機能不全に陥ってしまうだろう。

日本という国が滅んでしまう時になってしまう

統一地方選挙前半戦野党惨敗と山本太郎の「新党」立ち上げ、について

さる7日に行われた統一地方選挙立憲民主党が全国で30議席を増やしたものの、総じて野党は惨敗といえる結果だった。これは例の「新元号」に伴う安倍政権のパフォーマンス、「新しい時代が来た」というイメージ戦略に流された人が多く、安倍政権の政治利用が功を奏したという見方が広がっている。確かに知事選では(とりわけ北海道では)そういった面があったかもしれないが、総じて県議会、政令指定都市の市議会等は政党云々よりも「地元のしがらみ」とか人間関係といった関係で投票するケースが多いので、知事選はともかくそれ以外ではあまり政権のイメージ戦略は私は関係ないと思う。(また全国の選挙区の4割が無投票という悪弊もある)いずれにせよこれでは投票率など上がりようがない。

この結果は新元号云々より、やはり野党、とりわけ立憲民主党や国民民主党の地方組織がぜい弱であることが原因だと考える。(とはいえ北海道知事選の惨敗は野党にとっては痛い)

関係があるとすれば21日に行われる大阪と沖縄の衆議院補欠選挙だろう。これはモロ国政だからだ。こちらは今まで数々の失言で問題を起して辞任は遅きに失したといわざるを得ない桜田五輪相や忖度発言でこちらも辞任した塚田副大臣等の政権への打撃が与党への逆風になることも期待される。とはいえ決して楽観は許さない。

私の地元では市議会議員選挙で定員26に対し立候補者は32名、6名落ちるわけだがなんとかして自公系をできるだけ多く落としたいものである。

とはいえ7月の参議院選挙、場合によっては衆参ダブル選挙になる可能性が高いといわれているが、やはりまだまだ野党、とりわけ野党第一党立憲民主党も一昨年できたばかりでまだまだぜい弱な点は否めない

さて、今野党共闘ということがだいぶ前からいわれ、一部のリベラル筋から立憲民主党の枝野党首が野党共闘に消極的、あるいは野党連携のジャマをしている、等の言説をまきちらしており、何となくそういうイメージができあがりつつある。

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だが枝野氏は野党協力に決して否定的だとは思わない。だが政策も一致していない段階でただ数合わせだけで野党を離散集合させることには反対で、枝野氏自身が何度もいっているように2009年の民主党政権のように「数は増えたけれども政策議論は薄まり、09年に政権は得たものの中身はスカスカ。そのため、野党=自民党と官僚体制にブロックされてあえなく敗れた、その失敗は繰り返したくない」ために安易な共闘はしない、というのは理解できる。

しかし一方では参議院の一人区では野党協力を徹底的に行う、とも繰り返し云っており現在32ある一人区で残念ながらまだ沖縄を含め3つしか完全な野党共闘は実現できていないが、既に自民党は32人区で前候補を選定しており、選挙対策で後れをとっているのも確かなので一刻も早くつまらん意地の張り合いはやめて32区だけでも野党統一候補をまとめるべきである。

その際はカギをにぎるのは共産党である。どうも立憲民主党も国民民主党も「最後は共産は降りる」とタカをくくっている感じが否めない。だがそれをやれば確実に失敗する。

自民党と同じく全国津々浦々で候補が出せる政党は実は共産党のみである。だから野党共闘するためには共産党にもそれなりのメリットー例えば共産党しか候補が出せない富山とか徳島とかで共産党候補を野党統一候補として認める、とかすればいいが立憲も国民民主党もいずれも難色をしめしている。特に国民民主党共産党嫌いで有名な連合に特に近いから共産党応援など到底できない、というのが本音のようだがそこは曲げるべきだろう。そんなことをいっていた参議院選惨敗は必至である。

みんなわかっている

野党共闘すれば勝てるとか限らないが、野党共闘しないと勝てない、のも事実である。

ちなみに衆参ダブル選挙だと衆議院は289の選挙区すべてが一人区である。全選挙区で統一候補、各党の「住み分け」をやらないと厳しい。32区の選挙協力どころの話ではない。(私は衆参ダブル選挙の可能性は6割以上あると考える)

とにかく候補調整を急げといいたいのだが、そんな折山本太郎議員が自由党を離党し新党を設立した。(勿論政党であるためには2人以上いないといけないのでまだ正式には政党ではない)

自由党が国民民主党統一会派を組んだことで、山本太郎の公約である「原発廃止」の政策と違う国民民主党と動くことは難しいのは明らかだ。だが自由党を離れ実質的に無所属になればそれもいばらの道だ

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山本太郎新党

是非応援してがんばってほしい、といいたいところだが、正直いって

「具体的に何をしたいのだろう?」

というのが見えていない。

新党の「れいわ新選組」の政策である「消費税の廃止」や「辺野古基地の建設反対」「原発の即時禁止」なら立憲民主党の方がその政策に近い。だが山本氏が立憲民主党に近づいたり、興味を示している様子は全くない

また元々一匹オオカミ的な山本氏は例えば立憲の岡田氏のように他の政党のパイプをもっているわけではない。だから野党共闘の仲立ちができるわけでもない。

政治家の意気は感じるが、空回りに終わらないといいな、という心配も出てくる

いずれにせよ7月の選挙

野党が勝てる要素が現段階でみえず、心配である

 

 

多くの疑問、懸念にも関わらず新元号「令和」に日本中がはしゃいだ背景ー安倍政権の思惑通りにさせないための心掛け

4月1日の当ブログの記事でも私は新元号「令和」に違和感を感じ、令が命令の令であることから安倍政権及び日本会議勢力から元号を通して国民への刷り込みを狙った可能性があることを述べた。

kyojiohno.hatenadiary.com

これは私だけでなく多くの方が疑問をもっており、しかも問題の「令和」は元号制定の最終段階によってまさに降ってわいたように候補として入ったものであることが複数の関係者の証言によって明らかになっている、と日刊ゲンダイが報じている

 

www.nikkan-gendai.com

この報道が正しいとすると最終的には「令和」ありきで進められた感じがする。ここで気になるのは政治関係者以外の選定委員に対して安部官邸からの「同調圧力」が果たしてあったのかどうかだ。今までの安倍政権のやりかたからすれば関係者にたいする「同調圧力」があったとしても不思議ではない。

そして「安倍政権の国粋主義を象徴している」――。新元号「令和」を巡り、海外メディアがこう報じたことに、安倍官邸が逆ギレしたという報道がある。本音がばれると逆上する典型的なパターン 「命令を和をもって従え」を日本国民に刷り込むのが目的ということがばれてあわてた、というのが実態であろう。

www.nikkan-gendai.com

そもそも日本という国のあらゆることに影響するこの元号に関して海外メデイア向けに英語のプレスキットを用意しない、などということ自体がお粗末な対応といわれても仕方がない。

自分たちの魂胆がばれてしまったことに焦ったのか今官邸は「令和の令は命令の令ではない」といってそれを掻き消そうと必死だ。

■令和の令、政府「命令を意図せず」 海外の報道を否定

www.nikkan-gendai.com

とはいえ、今更遅い、安倍晋三の逆上ぶりをみれば安倍政権と日本会議勢力の魂胆は火をみるよりも明らかだ。本音はもはや世界中にバレバレである

可哀相なのはその元号のもとで天皇になる現皇太子だ。皇族には元号を選定する権限はないし、例え異論があってもそれを述べることは許されない。皇太子からすれば安倍政権と日本会議勢力のこの思惑で決まった元号など迷惑千万だろう。何せ自分が天皇でいる間はこの「令和」が使われ、退位(もしくは崩御)すれば皇太子の意思に関係なく「令和天皇」になってしまうのである。

しかしそのような多くの懸念も新元号発表のもとで大はしゃぎをしている日本国民とマスコミには全く馬耳東風かもしれない

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私自身はこの「令和」という元号。はっきりいって嫌いである。少なくとも私は5月1日以降は基本西暦しか使わないことにする。

そして残念ながら現皇太子が天皇の間はもはや「令和」を使うしか選択肢はないのだ。そのため安倍政権や日本会議勢力が目論む「国民は命令に和をもって従え」の刷り込みが失敗になるように我々国民が心掛けないといけない。それにはどうすればいいか

冷静に考えてみて多くの国民が新元号にこれだけはしゃぎ、喜ぶのは逆にいうと国民の多くが「新しい時代」「今までとは違う時代ー変化」というものに餓えていたからであろう。「平成」の時代は災害も多かったが、私が思うに今の日本社会の風通しの悪さ、息苦しい雰囲気にみんなうんざりしているからではあるまいか。

誰かが失敗するとあたかも国家の重罪人であるかのように、国民もマスコミも徹底的に叩き(某ミュージシャン、俳優のコカイン所持など「被害者」などいない失敗でも)一度の失敗は社会的な死になってしまう。ネットにはヘイトスピーチがあふれ、会社でも友人の間でもいいたいことが殆どいえない息苦しい社会。

こんな社会に一体誰がしてしまったのだろうか?

普通に考えればこんな社会では誰もしあわせになれない。もうこんな時代、こんな社会は嫌だーなどと本心ではそう思っている人もかなりいるのではないか?だから「新しい時代が来たーこれで古い時代とおさらばできる」というイメージであんなに世間がはしゃいているのではないだろうか?

ならば新元号をきっかけに国民自体が今までの社会の負の部分を一掃するために以下のことを日本国民全員でこころがけてはどうだろうか?社会の息苦しさをなくすために

1.人間の多様性を受け入れる心の広さをもつこと

勿論性的志向LGBTは勿論のこと、国籍、肌の色、宗教、その他「自分とは違う慣習の人達」を差別するのではなく、それを受け入れ尊重すること。ヘイトスピーチを行う人間は寧ろそういう行為を行うことを恥ずかしいと思う社会を作る、「自分とは違うこと」を拒否するのではなくそれを肯定して受け入れるーくらいの心の広さをもつようにしたい。それだけで今の日本社会は大きく変わると思う

2.失敗に対して寛容になる。失敗は成功の素という格言を思い出す

ご存じの通り日本がこんなにも息苦しい社会になった原因の1つに失敗に対して極端なくらい不寛容になっている点がある。芸能人が何か失敗すればこれでもかと叩き、再起不能直前まで叩きのめすことが正当化されている社会。客観的にみてその行為が本当に健全かということだ。

一体誰が失敗をこんなにまで悪いことであるかのように決めつけてしまったのだろうか?発明王エジソンは「失敗?-素晴らしいことでないか、この方法ではダメだということが分かったのだ。失敗は成功の素だ」といっている

そう失敗というのはノウハウを形成する過程で必要なことなのだ。失敗することで教訓を学び新たなノウハウを取得する。今の日本はそのプロセスそのものを否定し、失敗から教訓を学ぶのではなく、失敗を隠し「臭いものにフタ」することしか考えていない人間が多過ぎるのだ。


そこには進歩という概念が一切ない。

進歩するためには失敗にたいして寛容でなければならない。いつの時代から日本人はこんなにまで失敗を極端なまでに忌み嫌うようになったのだろうか?

3.何も考えず流されない。絶えず「これでいいのか」について考える

これが今の日本人にもっとも苦手なことかもしれない。ここまで息苦しい社会になってしまうと、自分の行動も「絶えず周囲からの監視」を意識するために「周囲の雰囲気」に流されてしまう。日本人は伝統的にこの傾向が極めて強いが、今まさにその傾向がh学校、職場、家庭あらゆることに入り込み、それがこれだけ息苦しい社会、そして「周囲に流された方が楽」という安易な方向に動いてしまう。

そこで何をやるにしても「これで本当にいいのか?」ということを自問自答する癖をつけてもいいのではないだろうか?

まずはこの3つを日本国民の大多数が心がければ、少なくとも今までの息苦しい社会の完璧ではないにせよ、かなりの部分が解消されるのではないだろうか。そして安倍政権の不埒な目論みである「政府の命令を和をもって従え」の国民の刷り込みは失敗に終わるだろう

新元号「令和」-に隠されている安倍政権の国民に対するワナー万葉集云々は目くらまし?

本日予告通り5月1日から摘要される日本の新元号が発表された。

この元号というのは海外の人に説明するのは難しいが私はたずねられると"Name of the era(時代の名前)"と説明し、日本には昔からそういう慣習があったという風に説明している。

この新元号、発表前には安倍晋三の文字のいずれか、(もしくは祖父「岸」)といった総理大臣に絡む漢字が使われるのではないか、という専らの噂だった。特に「安」の字が間違いなく使われるという説があたかも既定路線であるかのように伝わっていた

それは総理大臣安倍晋三元号の私物化を意味するのだが、結果として発表されたのはご存じの通りこれ

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確かに安倍晋三絡みの文字はなかったが、どうも「令和」の「令」の文字がどうしてもひっかかる。

由来は万葉集万葉集巻五に収録された梅花の歌の「序」にある文章だそうだ。この梅花の歌は32首あり、大伴旅人を中心とするグループが詠んだとされる。

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初春の令月にして、気淑(よ)く風らぎ、梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす

 『令月』とあるのは『素晴らしい月』という意味で「令」には確かに「よいもの」という意味もあるそうだ。(例:「令嬢」「令息」)だが一般的な意味としては「命令」や「指令」さらには天皇の命令でもある「勅令」等人に命ずる内容という風にも受け取れる。特に安倍政権の時に生まれた元号だけにどうしてもそちらの方の意味の方を連想する。

実際漢和辞典を調べると

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漢和辞典の「令」の意味

やはりこれを見ると今回の元号

安倍政権の裏の意図があるのではないか、とどうしても思ってしまう。

経済や失業率、労働実態の嘘のデータの発表、森友、加計での公文書改竄、本来なら政治家が刑務所に入ってもおかしくないことをしておきながら、国民に対して嘘をつき続けた安倍政権。

今回の元号に不埒な考えが入っていないと考える方がおかしいのではないか?

つまり命令の「令」が入っていることを考えるとやはりこれから本格的な全体主義ファシズムに日本社会を移行させるという政府関係者の強い意図を感じてしまう。

国民は命令を和をもって受け入れろ、

つまり「つまり国民は全員政府の命令に従え」という意味が裏に隠されているのではないか

だとすると今回の元号には国民に対する重大なワナが隠されている気がする

万葉集云々は目くらましのカモフラージュに過ぎないのかもしれない

 

いずれにせよ私は今回の元号、「平成」の時と比べてもなじめない

命令の「令」が元号に入っているところに為政者のある特定の意図がぬぐいきれない

 

元号って何? 必要なのそれ?ー

そろそろ本格的にこう検討してもいいかもしれない。実際ネットによるグローバル時代に元号固執する意味がどれだけあるのか考える時期に来ていると思う

 

<追記>

私の記事に関して「考えすぎ」という人もいますが、Facebookの記事ですが私と全く同じことを感じていた人がいましたので紹介します。

www.facebook.com

ファシズム元年
 
流砂に脚を喰われたような気がした。よりにもよって、令和だと。過激右派は中国をきらうから、日本の古典からとるだろうとはおもっていた。だったら、いちばん古い萬葉集にきまっている。ろくに読んだこともないくせに。
 
萬葉集からひいてくるのは無理なんですよ。だって、万葉仮名は漢字です。大和言葉の一音一音によく似た音をもつ漢字をあてたものです。
 
万葉仮名そのものに意味はない。だから、この漢字とあの漢字をくみあわせても、意味を持った熟語にはならない。そりゃね、山や川や海や林などの名詞はそのままですよ。意味がある漢字だ。でも山林を元号にするわけにはいかない。
 
つぎに、和歌の説明文として序がついているが、この序は漢文で書かれている。漢籍とおなじだ。当時のエリートは公式な文書をみな漢文で書いていた。漢詩を読み書きできたし、漢籍は同時代の大陸の発音で読んでいた。
 
このように、万葉集には大陸の文化が色濃く記されている。あたりまえです。大陸や半島とちゃんと外交してたんだぞ。
 
▽ 梅の花の序
 
さて、そもそも梅の花が大陸の傳統です。梅花をうたう歌32種の序文は漢文だ。この果てしないとんちんかん。
 
該当する一節をみてみましょう。
 
 干時、
 初春令月、
 気淑風和、
 梅披鏡前之粉、
 蘭薫珮後之香。
 
春・月・気・風・梅・鏡・粉・蘭・薫・珮・香はみな大陸の美の様式です。初春令月と気淑風和、梅披鏡前之粉と蘭薫珮後之香は対句になっている。漢詩の技法じゃないか。これはきっと出典がありますね。中国文学の研究者なら、すぐにわかるでしょう。
 
あ、そうか。有識者たちは調べればすぐにわかるものをどうして見逃したの。なんにもしてない。
 
令月は清らかで美しい月という意味だが、この熟語から令を切り取ると、意味は定まらない。風和は風が和むという意味だが、和を切り離したら、もう和むにはならない。
 
では、令と和をくみあわせると、どういう意味になるか。令は令聞・令室・令兄・令妹の令にはならない。勅令・政令・法令・軍令の令になる。命令だ。
 
和は和むの和にはならない。平和の和にもならない。和すること、和同・和合・和附の和になる。すなわち令和とは、善悪はかんがえないで、ただ和せよと命じることだ。
 
どうしてか名前がわかっている有識者の山中教授や林真理子が令和を好んだのも無理はない。文学がわからないからだ。二人は単にレイワの音がきれいだと感じたのかもしれないし、萬葉ブームに期待したのかもしれない。
 
しかし、発案者は八木秀次などの過激右派に違いない。令和の意味をよく知りながら、漢籍を避けたふりをして、傳統を守れというくせに、傳統のことなどどうでもよく、国産の漢籍から切り取り、和を命じるという意味を巧みに隠した。
 
和を命じる。これはファシスト宣言だ。過激右派にとって、それ以外の意味はあり得ない。新元号によって、全体一致を命じる。国家の枝葉になれと命じる。異端は許さない。不服従は罰する。反逆は鎮圧する。
 
かくして、わたしたちは、めでたくファシズム元年をむかえる

 

明日から新年度でアベノミクスでこれだけのものが値上げーアベノミクスはアゲノミクス、もたらした景気は「いかさま景気」

実はこれは「女性自身4月3日号」を画像にしてSNSにアップしたものです。

一昨日Facebookでこれをアップしたところ3月31日の13時現在で356件シェアされて今もシェアの数はどんどんあがっています。

なぜかはこの画像をみればおわかりだと思います。

アベノミクスで2019年4月1日、これだけのものが上がる!! アベノミクスはアゲノミクス!!

アベノミクスで2019年4月1日、これだけのものが上がる!! アベノミクスアゲノミクス!!

ひとことでいって選挙、政治に無関心な国民が大多数の国だと政府も官僚もやりたい放題になり、こういうことになってしまうのです。

上記の値上げ情報に加えこのままいけば今年の10月に消費税が10%になります。そして安倍政権は少なくとも今日現在据え置くことを表明していません。これは副総理で財務大臣の麻生が頑なに反対していることが原因のようです。なぜなら安倍政権にとって麻生派の支持は政権維持に不可欠であり、だからこそ森友の公文書改竄で本来は引責辞任しなければならない麻生を安倍は引き留めました。だから安倍は麻生には絶対に逆らえないのです。

だがそもそも消費税の導入は1988年の導入時からそうですが社会保障の充実のため」という大義名分がありました。

だが上記の値上げリストをみれば社会保障関係は軒並み値上げしています。そして実際問題として社会保障費は安倍政権で容赦なく削減されています。

つまり

消費税は社会保障充実のためというのは真っ赤な嘘 

ということが明白になったといえます。

それにしても日本人はおとなしい。こういうことがあってもすんなりそれを受け入れてしまいます。こんな政治権力に従順な国民は世界中さがしてもいないと思います。(褒めているのではありませんよ)

海外ならたぶん暴動がおきますよ。フランスの今、どうなっているかご存じですか?

■日本では報道されないフランス暴動デモの凄まじさ、民衆は増税に怒っている=児島康孝

www.mag2.com

 例によって日本のマスコミは「報道しない権利」を行使していますが、たぶん官邸の意向に沿ったものと推察します。

今回の一連の値上げと消費税に関してフランスと同じことが起きることをもっとも恐れているのは官邸だからです。フランスの暴動の報道はしないように官邸から強くストップが加わっているのは火をみるよりも明らかです。

それにしてもこれだけの値上げ、消費税の今年10%アップ

さらに森友の公文書改竄、労働者や景気のデータの統計不正ーつまり「景気がよい」という話自体は真っ赤な嘘だったわけで「いざなぎ景気を超える」どころか「いかさま景気」だったことが判明しました

これだけのことが判明しても怒らない日本国民 世間に何が起ころうと無関心なままの国民 政権に何をされてもおとなしくそれを受け入れる国民。

いわく「安定には代えられない」という人が少なくないそうです。

しかしそれは大人しいのではなく「思考停止」であり、安定ではなくただの「退化」だ。ということに大多数の国民は気づいていないようです。

まあそれでも政治や社会に対して無関心を貫く人の方が日本人は多いのかもしれません。絶望的ですがそれは事実です。

ただこの記事を読んで「何とかしなくては」と考える人が少しでも増えてくれればと思います。これだけメチャクチャなことをしている安倍政権、自民党公明党に鉄槌を下す方法があります。

それは

・4月に行われる統一地方選挙  そして

・7月に行われる参議院選 (衆参ダブル選挙の可能性もあります)

この2つの選挙で自民党公明党、(そして維新の会も以外の候補者に投票することです。

自公政権が選挙に惨敗する、ここまで来ないと変わりません

政治とか社会とかに無関心だった方、選挙というのはこういう時のためにあります。

そしてそれができるのは有権者の皆さんのみです

MLBの開幕戦 マリナーズ対アスレチックス戦に行きました。(たぶんイチロー最後の雄姿)

私がMLBファンであることは以前の記事でおわかりだとは思いますが、日本での公式戦を見に行ったのは久しぶりです。

New York Mets 2015年リーグ優勝とワールドシリーズ
レッドソックスWS優勝と田澤上原の活躍と日本の「ムラ社会」
イチローのトレードの日本国内の反応について

本来はNew York Mets ファンで(今から19年前の東京ドームの公式戦行きました。)

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MLB2019開幕戦 マリナーズvs アスレチックス

理由は勿論、単に日本だけではなくメジャーの歴史にその名を刻むだろうこの人の、おそらくは最後の雄姿を見に行きたいという理由です

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単に日本を代表する選手ではなくメジャーリーガーとしても間違いなく野球殿堂入りするであろう選手。間違いなく歴史に残る選手です

メジャーリーグ通算安打 3089本 盗塁数509盗塁 通算打率 .311

過去に3000本安打と500盗塁を達成したのはメジャーリーグでも7人しかおらず、その7人全員がメジャーリーグ野球殿堂入りしています。イチローも間違いなくこの人たちのリストに加わります。

三階席だったのでイチローが守備に立っている時は小さいですが、見えます?

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イチロー(おそらくは)最後の守備

MLB開幕戦、満員でした。巨人戦なみでしょうね

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人がいっぱいでスペースも狭かったですが、久々に息抜きになりました。

ピエール瀧逮捕に観る日本社会の極端なほどの失敗に対する不寛容、事なかれ主義、保身に今の日本社会閉塞の病巣を見る

今テレビ、ワイドショーをつけるとこの話題しか出てこない。肝心の政治ーとりわけ今問題になっている統計不正の政府に対する追及など重要な局面があるんだがこの電気グループのピエール瀧のコカイン所持問題の話題がこれでもかと出てくる

特に酷いのは電気グルーブのCD回収を始め、映画の公開中止、ドラマのオンエア中止等、まだ容疑者で罪も確定していないのにピエール瀧が出演、もしくは関わっていたというだけで次々と「自粛」の動きが出てきている点である。

そうした風潮に対して私は正規の音楽ブログで異を唱えてきた

勿論いうまでもないことだがピエール瀧のコカイン使用を擁護するつもりはさらさらない。

 

ピエール瀧の逮捕による映画公開やドラマ放送や配信中止の風潮に異を唱える

kyojiohno.cocolog-nifty.com

私だけではない。既に坂本龍一氏、鴻上尚史氏、松尾貴史氏ら名だたる文化人がこれに対して異を唱えている。

上記リンクの記事にも書いたがピエール瀧は悪いコトをしたから捕まった”が全てであって“それと作品は関係が無いだろう、つまりキャストの一人の不祥事があったためにその作品そのものを否定するのは間違っている、と私は声を大にしていった。

ピエール瀧は違法行為を確かにしたが出演した作品自体が違法に作られたわけではない。特に映画やドラマは俳優一人でできるもんではなく、多くのキャストやスタッフが関わって作られたものである。それらの作品をキャストの一人が不祥事を起こしたといって作品そのものを否定し、ファンが自発的に選択して鑑賞するチャンスまで奪う事は本当に正義なのか?これはどう考えてもおかしい。というのが私の主張だ。

そしてこうした風潮に対し私だけでなく多くの記事がこの自粛ムードに対して異を唱えている。

電気グルーブ自粛は本当に正義なのか?日本の音楽業界と民意の温度差を考える

block.fmピエール瀧とメーカー自粛問題

note.mu

 さてこれらの話題を見て本来なら私の音楽ブログに掲載すべき記事をなぜこちらの『社会問題』のブログに書いているのか

それはこの問題を検証していくうちに現代日本が陥っている深刻な病が原因でこのようなことが起きているような気がしてきたのだ。つまりこの事件はたまたま音楽や映像のコンテンツのアーチスト不祥事による「自粛」問題だが、本質は今の日本社会が抱える深刻な問題、病巣が背景にあることがわかったためである。

一部の人間に「犯罪を犯したんだから自粛や公開停止、配信停止は当たり前だろ?」などという向きがある。その「当たり前」という根拠はどこから来るのか? 例えば海外を見るとただ単に「法律に抵触する行為を理由に逮捕された」というだけでは音楽の回収、配信停止が行われることは欧米では無い

■【コラム】なぜ日本では「容疑者」の作品は自主回収されてしまうのか

fnmnl.tv

この文章の中に今回の問題の本質をうまくついている箇所があったので該当場所を引用させてもらう

 

アメリカと日本のケースを比較して、わかるのは自己と世間、そして法のあり方の違いだろう。

アメリカでは自己の責任において、他人の基本的人権を侵害しなければ、こうした罪を犯したとしても、今回のような判断となることは少ない。

日本においては一度でも法を犯した者は、無関係の第三者からも謗られ、その所属組織までクレームを浴びることになってしまう。法律自体がはらんでいる恣意性などは判断基準にならず、その時の法律は絶対的な正義として存在してしまう。その中で一度罪を犯した人には世間からの圧倒的な不寛容が待ち受けている。

このような社会では誰が得をしているのだろうか、実は世間にいると思っている側にとっても、何も得にならないのは明白だ。一度間違いを犯してしまったら、最後だからだ。日本のこの論理では集団としては守られているかもしれないが、個人としてはいつその中からはじき出されるかわからない。つまり集団の下に個人が従属しているような形になってしまうのだ。その中では、主体であるはずの自分は常に世間という存在するかもわからないぼんやりとした空気をビクビクと感じながら生きなければいけない。それは果たして自由な個人が存在している社会だろうか。

 まさにここに今回の問題の背景がある。

さらにこの「間違いを犯してしまう」という事に対する極端なほどの不寛容がこういう事態を生んでいる。

ピエール瀧容疑者逮捕で相次ぐ“排除”に若新雄純氏「なかったことにする“無菌社会”は危険」

headlines.yahoo.co.jp

つまり

「問題そのものを取り除くのではなく『問題な存在』をないものにしたいという風潮がある」

だから失敗の存在自体を「なかったことにする」わけだから失敗を教訓として学ぶ、などという発想自体がない。一度失敗をすれば社会からはじき出され二度と再チャレンジのチャンスなど与えられない。

そしてその失敗は当事者とは全く無関係な第三者になじられ、叩かれてしまう。

何か不祥事が起きても「なかった」ことにされるため、結果的に「問題になりそうなこと」「成功するかわからないもの」は忌避される。またそのような事態が発生した場合のメーカーや企業の責任者は自己の地位があぶなくなる、という事態が発生する

つまり今の日本の問題

1.失敗に極端なほどに不寛容である

2.企業や現場にはびこる徹底的な「事なかれ主義」

3.企業、業界関係者トップの「保身」

この3つが今回の事件の背景にあるということができる。これらは単にアーチストの不祥事の件にとどまらず今の日本社会の閉塞状況の大きな原因となっており、社会の活性化というものを阻害する。

つまり上記の3つが今の日本を蝕んでいる病巣ということができる。

これらはいってみれば今の日本人の多くがかかってしまっている心の病気である。これが治癒しない限り、今回のピエール瀧の過剰自粛やスキャンダルに対する日本企業、行政の異常行動はなくならないだろう。

残念ながらこれらに対する有効な治療方法は今のところ見当たらない。

だが日本という国は最初からこんなに失敗に不寛容な社会だっただろうか?私はそうは思わない。

となると日本社会で失敗を不寛容にした「犯人」がいるはずだ。それは誰なのか?

治療薬はそれを考えていくうちに見えてくるかもしれない