KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

中山国交相が辞任ー「日教組はがん」発言は確信犯

■中山国交相が辞任=国会混乱を理由、後任に金子一義氏−首相、任命責任認め陳謝
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol&k=2008092800034

さて、ここで気をつけなければならないのはこの大臣発言と日教組問題をごっちゃに考えると訳がわからなくなる。

まず、大臣の発言を「確信犯」とするならば例の成田空港問題もそうだがこの時期にそういう発言(放言に近い)をしてそれがどういう結果になるかという想像力があまりに欠けているといわれても仕方あるまい。政治信条はそれはそれで結構だが、内閣発足したばかりにする発言ではないだろう。それとも最初から麻生内閣にダメージを与えるつもりでやったのだろうか?(別の麻生の支持者では私はありませんが.)いずれにせよ政治家としてのセンスを疑わざるを得ない。

それと日教組と教育問題、これはこれで日本社会の大きな問題である。子供がいる関係で学校の先生と話す機会も増えたが、全ての教師がよいとはいわないが、教育や子供と接することが好きな教師がまだまだ多いのに私はまだ救いを覚えていた。しかし日教組の労働運動やいわゆる「ゆとり教育」への関りとかを見ると、やはり私も批判的になる。

日教組の最大の問題は教育の現場に過剰なほど「労働運動の論理」を持ち込んだ点にある。教師は労働者だ。労働者としての権利を主張するのは当然だ。しかしそれが教師の教育活動の現場に過剰に干渉するとなるとそれは別問題である。実際「落ちこぼれ」の子供に補習の機会を与える、課外授業に機会を与える、別によいではないか、その代わり残業手当でも何でもつければよいだけの話だ。勿論それがあまりに過剰になるのは問題だが、プロとしての教師の活動を結果的に制限する方向に行くのはいかに「労働組合」とはいえ過剰である。かつての国鉄国労に似ている。

日教組には問題が多い、マルクス主義の論理が支配している数少ない団体だが、その問題と今回の大臣の失言(放言)は別問題である。