KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

「江〜姫たちの戦国〜」を見て

先週は友人との新年会だったので見れなかったんですが、一応ここ数年大河ドラマを見ている関係でちょっと今年の大河ドラマ江〜姫たちの戦国〜を見てました。

しかし正直江〜姫たちの戦国〜大河ドラマの中でも「功名ヶ辻」とか篤姫とかの「女性路線」のせいか龍馬伝などと比べるとちょっと見ようというモーテイベーションがいまひとつ起きないんですね。上野樹里って正直なんか大河ドラマっていう感じしないし、まあそうは云っても篤姫なんかは意外に面白くて途中で見だしたので一応まあ見るだけ見てみようという感じで見ました。

感想自体は始まったばかりなので、まだ時期尚早ではありますが、鈴木保奈美お市の方というキャステイングは正直面食らったけど(「予想通り?」非常にきつい感じのお市さんでした)豊川悦史織田信長はなかなか存在感あってよかったですかね。岸谷五郎秀吉もなかなかのはまり役だったと思います。

しかし正直信長が存命中にはお江はまだ10歳に満たない子供だったはずなので、上野樹里がやるのはちょっと無理があるような気がしたんですがまあそこはドラマの脚本上そのようにしたんでしょう。

この浅井長政の三姉妹は確かに数奇な運命を辿るわけで、特に長姉の茶々(後の淀君)お江(二代将軍秀忠正室)はご存じのとおり後程違う旗の上で戦わなければならなくなります。また将軍の正室になったとはいえ、嫡男の家光をめぐり春日の局と激しい対立をすること、次男の忠長を溺愛するなど波乱の人生を送ります。

ちなみに真偽の程は定かではありませんが小説家八切止夫乳母の春日局が家光の生母ではないかという説を立てています。その根拠として紅葉山文庫にあった「松のさかえ」という史料が、明治44年に国書刊行会により活字本として刊行され、そのうちの「神君家康公御遺文」(慶長十九年二月二十五日付)に、

秀忠公御嫡男 竹千代君 御腹 春日局 三世将軍家光公也、左大臣

と記されていることからこの説を発展させ、家康が実父ではないかという説もあります。家光の家康への尊崇ぶりと「二世権現、二世将軍」と書いた紙が家康の子であるという根拠とされることもありますが、いずれにせよもしこの説が正しいとすると、なぜお江が家光をあれほど疎んじ忠長を溺愛したか、家光が春日局を母のように慕い春日局も家光の将軍跡取りにするために家康に直訴までした行動が確かに説明できる感じもしますが、皆さんはどうお考えでしょうか?