KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

「日本人の心を傷つける」と称して表現の自由を踏みにじった河村名古屋市長と良識を保ち「権力の介入は憲法違反」と批判した愛知県知事

私の「音楽ブログ」の方にも書いた「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展」

実は今回の一連の騒動にはおそらく芸術監督の津田大介のある種の「仕掛け」があったのだが詳しいことはこちらをお読みいただきたい

kyojiohno.cocolog-nifty.com結果的には河村名古屋市長の「表現の不自由展」の慰安婦の少女像が「日本人の心を踏みにじる」と決めつけ、政府の菅官房長官も間接的ながら結果的にあおるような行動をとり、「表現の不自由展」は8月3日に中止となった。

これは云うまでもなく政治家の表現の自由に対する政治介入であり、事実上表現の自由そのものを否定する行為である。そもそも表現の自由というものは例え自分が不快に思ってもその存在を容認するというのが前提にある。「日本人の心を踏みにじる」と感じたのはそれは河村市長個人の問題であり、一方では過去の不幸な歴史を忘れないための立派な芸術作品だと考える国民もいるのも事実。

最近の日本の特に政治家や論客に共通するのはそういった「多様性」を認めない風潮が非常に強いことだ、芸術作品は受け止め方は100人100様でいいのである、それを理解しない人間が多すぎる

それに対して大村愛知県知事はまだ良識を保っていた

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展示の中止を求めた河村たかし名古屋市長らを「憲法違反の疑いが濃厚と思う」と批判した。
こうした行為について「憲法21条で禁止された『検閲』ととられても仕方がない」と指摘。「行政や役所など公的セクターこそ表現の自由を守らなければいけないのではないか。自分の気に入らない表現でも、表現は表現として受け入れるべきだ」と述べた。企画展の費用は420万円で、全額寄付で対応するとした。

 大村知事は今回の中止については「安全安心を第一に考えた」苦渋の決断だったと述べた。例の「ガソリンを持ち込む」テロ予告については愛知県警に脅迫未遂の容疑で告発したとも述べた。

これに対する河村市長の反論はこうだ。

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まず、河村市長の問題。

1、自分の作品に対する印象が全ての人が受ける印象だと決めつけ。思い込んでいる点。「見るに堪えない」とか言って、作品を抹殺してしまうことが表現の自由を否定しすることになると全く理解していない点

2.脅迫やテロ予告に関する犯罪行為を全く黙殺している点。本来ならば行政が全力をあげて公共の安全を守るべきなのに全くその意識が欠落している

まあ安倍政権や安倍政権支持者、そして最近の日本人全般にいえることだが憲法21条を全く理解していない、のひとことにつきる。公権力にいる者が、"この内容は良い、悪い"と言うのは、憲法21条のいう検閲と取られてもしかたがないのだ、

大村知事の言動

最近の論調として、税金でやるならこういうことをやっちゃいけないんだ、自ずと範囲が限られるんだと、報道等でもそうことを言っておられるコメンテーターの方がいるが、ちょっと待てよと、違和感を覚える。全く真逆ではないか。公権力を持ったところであるからこそ、表現の自由は保障されなければならないと思う。というか、そうじゃないですか?税金でやるからこそ、憲法21条はきっちり守られなければならない。

 今回の事態は極めて残念だし、図らずも津田さんの仕組んだ「表現の不自由展」のパフォーマンスで名古屋市長がまさに「表現の不自由」の実績を作ったわけだが、しかし救いは愛知県知事はまだ良識を持った人物がやっていた点だけか

最近の日本は公権力を批判する、というだけでその人間を誹謗中傷したり過剰なほど叩いたりする傾向が強い。今回の一連の脅迫やテロ行為もネット等の表面的な情報のみでわかった気になって攻撃してくる奴らばかり。元々アートに見識も理解などもあろうはずがない。単に憂さ晴らしして叩きたいだけだ。

こういう人間が多すぎるし、こういう連中は100害あって一利ない奴らだから社会としても対策をとる必要があるだろう