KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

「清盛の大一番」ー別人になった清盛

大河ドラマ平清盛」−今回の「清盛の大一番」から保元の乱後の藤原信西の改革が始まりますが、同時に恩賞を思うようにもらえない義朝と信西の改革に苦虫をかみつぶした顔をした藤原信頼など平治の乱の火種も早くも芽を出し始めます。

平氏の棟梁になってから成長のあとが見られた清盛ですが、今回の保元の乱後になって全く別人のようにしたたかで、狡猾ー政治家なっていることです。今回の大宰府を取りに行く」といって見事大宰府の長官の座を手に入れる等もそうですが、特に際立ったのは嫡男の重盛の婚礼の席で重盛が清盛に「伯父の忠正を斬った信西のいいなりになるのは納得できない」と云った時の清盛の態度

「さようか、お前の考えはようわかった 
   だが今お前の言い分を聴いているヒマはない」
といって重盛を投げ飛ばします。

ん? これって

この情景かつて父親の忠盛が清盛に対してしたこと同じ
じゃないですか。

この時清盛が忠盛に見えました。清盛からすればかつての自分の姿を重盛に見た上で、かつて忠盛が清盛にしたように突き放しながら自分で成長するように持っていこうとしたのかもしれません。かつて忠盛が清盛をそうしたように

この重盛も武勇、知略ともに清盛に匹敵するくらいの器に成長します。そして平治の乱悪源太義平と堂々と互角の勝負をします。しかしながら嫡男と期待されながらも若くして病死してしまいます。重盛の死が伊勢平氏の没落の始まりという人もいます。

そんな重盛に対してかつて父忠盛が自分にしたように教育する清盛。すっかりもう別人になっていますね。


ちなみに今回で源義朝の正室 由良御前が病に倒れてしまいます。義朝と由良御前の夫婦仲は何となくしっくり行ってないように描かれていますが、この由良御前の病死は義朝にとっては大きな痛手となります。何よりも天皇家とのパイプがなくなってしまい出世の面でもハンデイとなります。由良御前は嫡男の頼朝の教育をかなりしっかりやったようで、頼朝はそんな母親を慕い鶴岡八幡宮に塔を建立してその塔は現在も残っています。

というわけで来週からいよいよ平治の乱のカウントダウンが始まります。この乱の後、平氏が事実上政権を取ります。何か今回の清盛の別人への変貌を見ますと、平氏政権の時にどう変貌するか見ものですね。(笑+汗)