KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

ネトウヨにからむツイートで見えてきたネトウヨの本質

もうだいぶ前だがこんなツイートを行った。
これはアンジェリーナジョリーの初監督作品「アンブロークン」が日本でネトウヨを中心とする層による反対運動で上映中止になった件に関してのツイートである。


昨日のアンジェリーナジョリー「アンブロークン」公開中止の真相は映画を見もしないでネットに流れるデマを鵜呑みにしたアホなネトウヨ連中に文春、産経が便乗したためこの国の表現の自由が奪われた。言論や表現の自由を守るべき言論機関が結果的に表現の自由を奪う片棒を担いだ罪は重い

このツイートをアップしてからは半ば炎上状態に近い状態になったが、反論してきたネトウヨ君たちは「映画を見もしないで反対」という点よりも「自分たちの反対で上映禁止になったのではない」という点に集中していた。

だがそれは明らかな問題のすり替えと同時に自分たちの責任逃れの言動である。

なぜなら今回の最大の問題は「映画を見もしないで誰かのいい加減な情報を鵜呑みにして反対運動が起きていた」という事実こそが問題であって、それによって本来劇場公開をするはずだった日本ユニバーサルが日本公開を見送っているという現実があるからである。

そこで先日の朝日新聞デジタルのこれに関する記事に関してこのツイートをアップした。

何度でも書くが映画を見もしないで賛否を論じるのは誠に滑稽で日本人の知性が疑われる行動だ。映画評論は映画を見てからが普通だが映画も見ないでの上映禁止運動や批判は理解に苦しむRT@asahi 反日映画?捕虜虐待描いた作品上映阻止の運動 http://t.asahi.com/hhdd


実は最初のツイートといわんとしていることは殆ど同じなのだが
今度はリツイートとお気に入り登録が各々1つあったのみだが、ネトウヨ君からの「反論(といっても殆どが言葉尻をつかんだ揚げ足取りだが)」は全くなかった。

さらに挑発する意図はないのだが、facebookがテロ礼賛や憎悪表現(ヘイトスピーチ)を禁止する方針を打ち出したことに関してのツイート

ネトウヨ君たちよ。それでもヘイトスピーチ書きたいかね?今度は間違いなくアカウント削除されるよ。:フェイスブックが規定更新、テロ称賛・憎悪表現など明確に禁止(AFP=時事) - http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150317-00000013-jij_afp-int
是非この流れをtwitterを始め他のSNSも追従することを望む。インターネットからネトウヨという害虫を追放しよう:テロ称賛・憎悪表現など明確に禁止(AFP=時事) - http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150317-00000013-jij_afp-int … …


これに関しても全くネトウヨ君たちの反応はなかった。

実は最近こういうSNSやブログの記事に関して見えてきたことがある。

それはネット住民によって「都合のいい情報」「思わず叩きたくなる情報」というものはものすごい勢いで拡散されていく、ということ。

一方逆にネット住民によって「都合の悪い情報」「耳の痛い情報」というのは全く拡散されない、という事実だ。

実は上記の最初のツイートは前者の例であり、二番目と三番目のツイートは後者に入る。

最初のツイートと二番目のツイートは基本的に同じ主旨のことを書いている。しかし片や殆ど炎上(とまでは行かなかったかな)二番目は実際には最初のツイートよりもインプレッションの数が多いにも関わらず(但し最初のツイートの第三者の拡散を含むオーガニックインプレッションは3倍以上だ)、ネトウヨ君たちからの反応はほぼ0だ、

これをどう考えればよいのか? 実はあることが見えてくる。

先程も書いたように最初のツイートは「映画を見もしないで反対」という点よりも「自分たちの反対で上映禁止になったのではない」という点にネトウヨ君たちの反応があったが、はっきりいってその彼らの「反論」というやつはネトウヨ連中のいつもの例のご多分に漏れず「言葉尻を拾った揚げ足取り」そして「情報源を明らかにしない情報を提示した上での反論らしきこと」の二種類に終始した。

後者の場合情報ソースを聞くとほぼ例外なく情報源は提示してこない。いかにネトウヨが誰かのいい加減な情報ソースを鵜呑みにしているか、という実態が見えてくる。

だが何よりも、これは私自身の反省でもあるが、最初にツイートは「突っ込み所」があった、という点であろう。

だが二番目のツイートには「突っ込み所」はない。なぜなら反対運動をしている人間の全員が「アンブロークン」という映画を見ていないというのは紛れもない事実だからだ。(見てるわけがない、映画業界人でもない限り日本では見る手段はないのだから)

映画も見もしないで映画評論し上映禁止運動が起きているというのは実にばかげた滑稽な行為なのだが、ネトウヨ君たちの殆どはそれが理解できないらしい。自分が見たくなければ、見なければいいだけで、他人に見せるなとか、見るなというのは民主主義ではなくファシズムの発想である。これは今年初めに起きた桑田圭祐の紅白での行為に対するネトウヨ連中の抗議活動に対しても同じことが言える。

最後のツイートに関してはかなりネトウヨ君たち(とりわけ在特会の連中には)きわめて「都合の悪い情報」「耳の痛い情報」であり、やや挑発的に私もツイートしたが、誰一人突っ込んでこなかった。

これらの情報を総合するとあることが見えてくる。

それはネトウヨの真の目的は自分たちの主張を展開するのではなく、他人の発言を叩くことが主目的である、という点

つまり他人を批判、誹謗する余地があれば何でもいいのである。そのために正論とか正義(と彼らが勝手に考えている)というものを叩く口実の道具として使っているに過ぎない。

だからネトウヨが標榜する国家主義とやらも彼らにとっては単なる道具以上のものではないのかもしれない。実際ネトウヨというのは明らかに本物の右翼ではない。本物の右翼は天皇家に対する忠誠があるが、ネトウヨは必要あれば天皇ですら批判する。「国家主義」とか「安倍政権」の意図に沿ったものを「道具」として使えば自分たちは「強い立場で相手を叩ける」とでも思っているのであろう。そして今年の初めの桑田圭祐の件もそうだが、誰か有名人の行動をネトウヨが都合よく解釈して」叩いて騒動にして表現者に圧力をかける。今そういうことが日常化し始めている。ヘイトスピーチを言論表現の自由などとほざく連中が自分たちの「気に入らない」表現に対してはその表現をつぶそうという圧力をかける。そしてそのバッシングは有名人であればあるほど激しさを増す。そして何かにつけて日本のネトウヨバカの一つ覚え気に入らない表現を何でも「在日」「反日などとレッテルをはって叩くー(こいつら他にボキャブラリーがないのか?)

つまりネトウヨにとってウヨであることすら単なる手段に過ぎない、可能性が高い。主目的はあくまで他人を徹底的に叩くこと、である。

古谷 経衡氏のネトウヨの分析だとネトウヨというのは「大都市部に住む30〜40代の比較的富裕な中流層」、「所得水準や学歴においても、中流以上である」
だという。それはある程度事実かもしれないが、例え学歴はあったとしてもネトウヨ連中の行動を見るとどう見ても頭のいい連中の行動には見えない。

そして何かにつけて「正義」「正論」とかを道具で他人の表現の言葉尻を取った揚げ足取り、でひたすら人を叩く口実を探すことに血眼になっている連中ネトウヨなのである。

はっきりいって心が貧し過ぎる。どんな成長過程を踏めばこんな心の貧しい人間になるのだろうか? また「自己責任厨」を見てもわかるようにこの想像力のなさ、他人に対する思いやりのなさはどこから来るのだろうか? そして何よりもこのような邪悪な心の闇が一体何が原因でこんなに増殖しているのであろうか?

ブログ記事にも書いているがネトウヨというのは今社会にとって極めて有害な存在になってきている。このまま放置すれば本当に取り返しのつかない事態になるであろう。

さし当り、ネトウヨ連中が「突っ込みたくても突っ込めない」ようなツイートなり記事なりを書いてネトウヨ連中が活動し辛くなる状態を作ることから始めてもいいかもしれない。また先ほどのfacebookのようにテロ礼賛や憎悪表現(ヘイトスピーチ)を禁止する方針を打ち出した流れを他のSNSが追従することを節に望むものである。取りあえず奴らが手ぐすね引いて「叩こう」とする機会を激減させることが肝要である。
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まずお断りしておきますが、私は当映画の関係者でも何でもありません。

そしてこの映画自体。私は見てはおりません、ただ映画を見もしないで賛否を論じるのは誠に滑稽で日本人の知性が疑われる行動だと思いますし、見もしないで誰かのいい加減な情報を鵜呑みにしてそれを元に映画評論し上映禁止運動が起きているなどという事態は本当にばかげています。このようなことは断じて許してはいけません

この映画「アンブロークン」の日本での劇場公開実現のための署名活動にご参加ください。まだまだ署名が少なすぎます。

映画「Unbroken」を日本で劇場公開しよう!
https://www.change.org/p/%E6%9D%B1%E5%AE%9D%E6%9D%B1%E5%92%8C%E6%A0%AA%E5%BC%8F%E4%BC%9A%E7%A4%BE-%E6%98%A0%E7%94%BB-unbroken-%E3%82%92%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%A7%E5%8A%87%E5%A0%B4%E5%85%AC%E9%96%8B%E3%81%97%E3%82%88%E3%81%86?recruiter=44175720&utm_source=share_petition&utm_medium=facebook&utm_campaign=share_facebook_responsive&utm_term=des-lg-share_petition-custom_msg

この映画を許せないという人こそ、この映画を観るべきです。そもそも、観てもいない映画を批評することに何の意味があるのでしょうか?。

 正しく紹介するなら、この作品は日本人の目に触れさせることができます。私は今、この作品の日本語字幕を作成しています。劇場用パンフレットに掲載する解説文を書くこともできるでしょう。劇中に登場する台詞「If you can take it you can make
it.
(やればできる)」の通り、なんでもやればできるのです。日本人が勇気を出して、この作品を日本で公開すべきなのです。


日本を批判する議論どころか、映像すら否定してしまう。 そんな風潮はいかがなものでしょうか?そもそも自分が見たくなければ、見なければいいだけで、他人に見せるなとか、見るなというのは発想はあえていいますがファシズムの発想です。このようなことが民主主義社会にあってはいけないと思います

表現者の端くれとしてこのような状況を放置することはできません。皆さんに署名のご協力をお願いします