KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

日本の民主主義の危機1.橋下発言と一部保守層の反応と憲法改正容認論

久々に真面目な話をする。昨今の状況で書かざるを得ない

例の橋下大阪府知事の売春、風俗発言、内容も論外だがその後の本人の反論や言い訳も実に見苦しい。
しかし私はこの男がこのような発言をしても全く驚かない。
この男が某深夜番組に出ている頃から、はねかえり人間で弁護士としても最低の男であるのは見えていたからである。

だがこんな人間を府知事選挙で圧勝させ、衆議院議席を持つ政党の実質的な代表につかせたのも日本の国民である。そしてこの男を「改革者」などとまだ信じる愚か者がまだ少なくないのも事実である。
こんな男を府知事にした大阪府民はおかしい、などとはいえない、暴言の頻度や悪質さでは優るとも劣らない石原慎太郎とその「舎弟分」の猪瀬を選挙で圧勝させたのは東京都民である。

それらの現実を見て思う、今の日本の民主主義はどうなっているのか、と。

傍から見れば人格的にも能力的にも公職に就く資格のない輩を「日本を変える改革者」などと本気で信じ込む人間を大量に発生させている今の日本、マスコミにも責任はあるが、やはり今の日本、本当にどこか根本的におかしい。

今回何よりも戸惑ったのは橋下の今回の発言を擁護する人間が少なくなかったことである。従軍慰安婦」の話をなぜ今蒸し返すのか、とか発言は従軍慰安婦を念頭に置いではいない、あるいは強制連行の事実はない、等問題の本質を理解しない発言が少なくなかった点である。

今回の橋下発言はCNNはじめ世界中に報道され、アメリカ政府も公式に橋下非難の声明を発表した。実は海外では従軍慰安婦が強制連行だったかどうか、などは全く問題にされていない。また「風俗」なる日本独特のものが海外で全く「理解不能」なものとして扱われている点もある。

この橋下発言に限らず、昨今のアベノミクスに浮かれ憲法改正を容認する風潮にせよ、最近の日本人に顕著な悪い傾向が見て取れ、今後の日本社会に対する重大な懸念を禁じずにはいられない。

1.従軍慰安婦問題を「臭いものに蓋をして」押し隠したがり、失敗を認めたがらない論調

 以外に知られていないが最近はアメリカ軍といえども性犯罪に対しては自軍の兵士に厳しい対応をしている。以前は確かに兵士の引き渡しを拒否したり、などという傾向があったが最近はあっさり現地の警察に犯人を引き渡す。それが現地住民の感情を著しく損ねることをよくわかっているし、アメリカ社会もやや過剰なほど「セクハラ」とかに敏感な社会になっていることもある。また10年ほど前に沖縄の在韓米軍司令官が米兵レイプ事件で「女性もそれで楽しんでいる」などという今回の橋下発言に近い発言をしたが米国防省は即刻この司令官を更迭、罷免している。(米国防長官は明確に謝罪会見をしている。)そのくらい「軍」と「性」の問題にはデリケートな問題であり現在世界的に敏感になっているのである。

これで見えてくるのは日本の保守層や政治家が世界的なこの流れについていっていない現状が読み取れる。別にグローバリズムを出すつもりはないが、この点の意識で日本は世界的にみて遅れているといわれても仕方あるまい。

 また従軍慰安婦の話も「なぜそう蒸し返すのか」などという保守層からの発言がかなり多かったが、とある人の次のツイートを見ればその言い分がいかにおかしなものかがわかるだろう、

オバマ大統領は「当時はアメリカ大陸開拓のために労働力が不足していたので、アフリカ大陸から大量に黒人奴隷を連れてくることは必要だった。それが当時の世界の常識なのに、なぜ未だにアメリカにおける黒人問題だけこうも批判されるのか」なんてことは決して言わない。

従軍慰安婦の話も「なぜそう蒸し返すのか」などという人はまさにこれと同じことをしているのである。世界的に見て日本国内でこういう論調があたかも正論であるかのように論じられていること自体が異常である。

過去の負の歴史は歴史として受け止め、それを受容しなければならない。それがどんなにおぞましいものであってもだ。それは何よりも同じ失敗を繰り返さないために、だ

どうも日本社会全体に見えるのはそういう過去の負の歴史を「臭いものに蓋をする」という観点で押し隠そうという不埒な考えが見え隠れすることだ。昨今の日本社会は「失敗を受容しない」風潮が根強いが、この従軍慰安婦問題に対する反応や今回の橋下発言を擁護する人間にはそういう要素が見て取れる。

2.売春発言に対する被害者の女性と同様、憲法改正による9条や基本的人権の改正要綱の可能性に対して、どこか他人事に思っている傾向

もう1つ日本で従軍慰安婦その他の話をする時に特に保守層から出てくる話に「被害者」の観点というのが全く見えていない点である。つまりどこか他人事のようなのだ。「そんなこと言われても俺には関係ねーよ」という考えが見て取れる。それが被害者側から余計に不信感を募らせる原因になっている。心のこもっていない謝罪などされてもそれを信用する人間はいない。

同じように最近日本国民の間ではびこっている憲法改正容認論も自分たちに大きな影響を与えるにも関わらずどこか他人事だ。
「96条だけでしょ? 別にいいじゃんwww」という感じだ。

だが仮に96条だけ改正されて議会の過半数でも改憲できる、ということになれば政権政党は以後自由に憲法改正ができることになる。

このブログで何回も引用した自民党憲法改正草案
自民党憲法草案
http://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf
(私の文盲発言に怒った人は必ずこれを読んでください。安部総理は9条だけを変えたいんじゃないんですよ中学生以上の文章読解力があればそれがわかるはず。)

ちなみに私がなぜこれだけ危機感を示すかというと安部晋三は私と同じ大学で安部晋三の学生当時のいろんな話を聞いてしっているためである。結論からいうとこの男は「戦後の日本の民主主義を憎んでいる」のである。

安倍の究極的の目的は戦前の日本の政治体制を復活させるのが目的である96条改正はその最初の布石に過ぎない。日本国憲法を自失的に明治憲法に戻す、これは安部晋三の祖父で「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介の悲願でもあったからだ。安部晋三岸信介の「理想の孫」である。

だから「96条だけでしょ? 別にいいじゃんwww」という話ではすまないのである。でもNHK憲法改正世論調査をみても1/3は殆ど何も考えていないことがわかるし、その発言もどこか他人事だ。

橋下の「徴兵制発言」も積極的に支持しているのは高齢者と若年層と極端に分かれる。高齢者はどうせ自分が徴兵されるわけではないからそれを支持するのはやや無責任だが、若年層特に20代ー30代に橋下の熱烈支持者が多いが、もし徴兵制度が実施されればまっ先に召集されるのはこの年代である。

だが橋下の「徴兵制発言」を支持している若年層はそれが自分にふりかかることだと思っているようには思えない。どこか「他人事」それが実際に現実となればどうなるか全く想像力が働いていないように見える。

つまり国民の大半が現在「思考停止」の状態になっている。

これは権力者に極めて都合のよい状態でありきわめて危険な状態でもある。

「臭いものに蓋ー失敗を認めない」風潮と「なんでも他人事ー想像力が働かない思考停止状態」

今回の橋下発言の反応を見てそういうものを危惧する

そしてもう1つ大きな問題がある。日本の民主主義の危機的な状態が

続きを書きます