KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

龍馬伝の脚本に苦言

さて龍馬伝、ここまで私も好意的に書いてきたと思いますが、今日はあえて苦言を呈させてもらいます。

それは人物の描き方がやや薄っぺらというか違和感を感じ始めてきたからです。

まず今日は土佐藩の参政から一時退いた吉田東洋岩崎弥太郎坂本龍馬が直訴する場面で田中泯扮する吉田東洋が下士を馬鹿にし、直訴を退けるシーンが描かれていましたが、ここで描かれた吉田東洋が傲慢で下士を人間と思わない人間味のない人物のように描かれていました。

確かに吉田東洋はこの件では動かなかったようで、岩崎弥太郎や龍馬をあわや手討ちにしようとしますが、実際吉田東洋は史実ではこの後岩崎弥太郎を藩の役人抜擢するわけで、もし吉田東洋がここで描かれているような、下士という理由だけで虫けらのように扱い相手にしないような人物だったら、弥太郎という人材を後に登用するというのは明らかな矛盾になります。

実際、後の吉田東洋の抜擢がなければ弥太郎が後藤象二郎とともに藩の改革に奔走したり、海援隊で経理をしたり、なんてことはありえないわけですね。ここの部分の整合性をこのあとどうするのか、見ものではありますがちょっとこの吉田東洋の描き方は違和感を感じざるを得ませんでした。

また先日から気にはなっていたのですが武市瑞山(半平太)の描き方もちょっと単細胞な描き方過ぎますね。武市瑞山は確かに過激な攘夷論者であったのは事実ですが、久坂玄瑞高杉晋作も一目置くほどの頭脳明晰な人物であったとされています。龍馬伝ではいささかファナテイックな天皇崇拝主義者であるかのように描かれていますがこれはちょっと単純化しすぎじゃないですかね。これじゃただのバカ右翼です。(笑)

天地人」でも徳川家康が悪代官のような姿で描かれていましたが、やはり水戸黄門的な悪役的に描かないと理解できない人がいるんですかね? まあ確かに何でも白か黒、右か左といった単純な論法でないと理解できないおばかさんがネットにも少なくないですが..

しかしこういう人物の描き方はせっかくここまでよく作って来たドラマを薄っぺらに台無しにしてしまいます。こういうことから「龍馬伝天地人化」の方向には行ってほしくはないですね。そうなって欲しくないためにあえて苦言を呈させていただきました。

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