KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

光市母子殺害事件の差し戻し審判決を受けてー弁護団と潜在的な裁判員

既にニュースでも伝えられている山口県光市の母子殺害事件の判決、このニュースとmixi内のコメントをみていると、来年から始まる裁判員制度等を考えてしまう。はっきりいってこの国の裁判はどうなってしまうのかという危惧がある。

確かに日本の裁判、法曹の世界の人間が世間の一般常識からかなりかけ離れているということは前から指摘されていたことだし、それは今回の件の弁護団の口頭弁論でも明らかだが、じゃあ一般国民が裁判に関ったら本当に改善されるのか。

マスコミの報道を何でも鵜呑みにする、選挙の投票にもろくに行かない。年齢に関らず何事にも無関心、そんな人間が裁判員になって裁判に関ったらどうなるか、考えるだに恐ろしい。

日本の裁判員はアメリカの陪審員と違い、被告の判決に直接関ってしまう。裁判員制度を推進している弁護士はアメリカの陪審員制度を改革したのが日本の裁判員制度と胸をはっているが、判決に関ることがなぜ「改革」にあたるのか、全く私には理解不能である。

mixiのコメントを見てはっきりわかること、

間違いなく「死刑判決」は激増するだろう。

コメントを見ていると中立な立場を放棄して勝手に被害者や遺族になったつもりで発生元の不明な正義感を振りかざしながら一方の側につきただただ、犯人や弁護団を罵倒する、というパターンが目立つ

別に犯人や弁護団を擁護するつもりは全くないが(確かに世間からたたかれるだけのことはしているが)、そういう国民に裁判員など本当にできるのか?

この「元少年」−良かったね。「プロ」の裁判官に死刑判決を受けて

仮に弁護団が上告して、棄却されなくても間違いなく死刑判決になる。今度は「何事にも無関心」な裁判員によって、 

「当時18歳に死刑判決」
http://www.jiji.com/jc/p_archives?id=20080422125758-6135284&rel=m&g=pho

「極めて不当と弁護団=光市母子殺害」
http://www.jiji.com/jc/p_archives?id=20080422191316-6135833&rel=m&g=pho