KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

平清盛「二人のはみだし者」−今週は雅仁親王ー後の後白河法皇登場!!

平清盛ー先週は宿敵となる藤原頼長が登場しましたが、今週はもう1人の宿敵となる雅仁親王ー後の後白河法皇が登場しました。
白河上皇に勝るとも劣らぬ怪帝であり、平清盛だけでなく平氏を倒した源頼朝にして「日本国第一の大天狗」といわしめ、最後まで手を焼かせたこの後白河法皇。本日のドラマでも描かれていましたが本来なら天皇の位につくような人物ではありませんでした。しかしこれから保元の乱平治の乱をめぐり数奇な運命を辿っていきます。表面上は清盛とは当初は協調関係を築きますが、入内した平滋子が死亡してからは鹿ヶ谷の陰謀を始め清盛の壁となって立ちはだかります。

それにしても今回のタイトル「二人のはみだし者」というものは清盛、雅仁親王両方について言い得て妙という感じですね。元々歴史を変えていく人物というのはある程度「はみだし者」でないと世の中を変えることはできないと思います。いつの時代でも歴史を変え、当時の価値観を大きく変えた人物は周囲からそういう扱いを受けました。
うつけ物といわれた織田信長、農民から関白に上り詰めた豊臣秀吉、自分の城すらなかった人質の身分から天下人となった徳川家康。明治を見れば下級武士たちを教育し明治維新の種をまいた吉田松陰。その種から近代の芽吹きを育てた高杉晋作木戸孝允船中八策を始め明治維新のコンセプトを打ち出した坂本龍馬

みんな「はみだし者」といっていいと思います。

清盛は武士の世を作るべく当事の権力を復そうとした「はみだし者」でした。そして向うベクトルは違うとはいえ雅仁親王ー後の後白河法皇も同じく制度疲労を起していた当事の皇室の「はみだし者」でした。

清盛が平氏「はみだし者」として描かれているのに対し、雅仁親王は『平治物語』によれば「今様狂い」と称されるほどの遊び人であり、「文にあらず、武にもあらず、能もなく、芸もなし」と同母兄・崇徳上皇に酷評されていたそうです。皇位継承とは無縁と目され、帝王教育を受けることもなかった皇室の文字通り「はみだし者」
このあと近衛天皇が早世したために転がり込んだ即位も正統後継者たる二条天皇「中継ぎ」としか見られなかったために権威が欠落していたため、後世あれほど知名度の高い天皇になるとは即位当時はたぶん誰一人想像もつかなかったと思います。

しかもこの二人の「はみだし者」、今日の番組ではこの両者は目指すものは違っても、実は「似たもの同士」であることを暗示している描き方になっています。そしてこの二人の激しい駆け引き、やりとりが歴史を大きく動かしていきます。

この二人の「はみだし者」の描き方に注目しましょう。

<追記>
ちなみに清盛ではまだキーパーソンのキャストで発表されていない人がいます。当然出ると思うんですがね

藤原信頼ー 頼長に比べれば遥かに小物ですが、身の程知らずに権力を欲したために破滅した貴族。平治の乱のキーパーソンだけに当然出るでしょう。

・源「悪源太」義平ー義朝の長男で弱冠20ながら後の世にまで語り継がれる豪傑。史上最強の武士の1人といっていいかも。平治物語の人並みはずれた武勇伝はすごい。この「悪源太」出さない手はないでしょう。問題は誰がやるか。今からワクワクしますね。

源為朝ー義朝の弟にあたる。弓の名手。保元の乱で活躍。武勇人格共にすぐれた人物で死罪は免れ伊豆大島に配流。伝説では琉球の王になったという説も。

平忠度ー清盛の異母弟にあたる通称薩摩守。武勇、智謀を兼ね備えた名将。忠度が平氏一門の中でもっと重用されれば、平氏の運命も変わったといわれます。

たぶんこの4人、きちんとキャステイングされると思いますが、天地人前田慶次のケースにだけはなって欲しくないですね。

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