KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

インターネットが生んだ「無関心」の風潮ー私は今日本社会に蔓延する「無関心病」と闘う

だいぶ前に当ブログにて書いた記事がある

■インターネットが与えたプラス面とマイナス面について考える

kyojiohno.hatenadiary.com5年前の記事である。

ここでの主にIT関係者へのアンケートでインターネットは人を賢くする。インターネットが人間の知性にの影響を与える という内容の記事だ。まさしくインターネットによって人間の知性は高くなり、人類にはバラ色の未来がやってくる、といわんばかりの記事である

今でもいわゆるネット住民の中で、インターネットが世の中の全てのメデイアを凌駕する、などということを信じ切っている人間は少なくない

さて、あれから5年たっているが果たして人類はインターネットでより高い知性を手にしただろうか?

5年前といえばまだ「ネット万能主義」のような価値観がインターネットの論調を支配していた時代である。その時に既に私はこのように書いている

インターネットにより読み書き能力が改善しや知識の量も豊かになる。

残念ながらこの見解には全く同意できない。それはブログ、ソーシャルネット等の書き込みで文章読解力が極端なくらい落ちている人間が増えていることを痛感しているためである。三行以上の文章を読まない(読めない)人間も多く、文章構成力も中学生以下の人間も少なくない。

インターネットで大量に出てきたのは大量の頭でっかち人間の出現だ。検索やウエブでの「断片的な情報」で世の中のことを全て理解したと勘違いし、専門家でもないのに専門家面する人間が大量に増えたこと。これは賢くなったのではなく余計にバカになっただけである

想像力に関しても著しく減退している人間が多くなっていることを感じる。これはあふれる情報を鵜呑みにしたり、頭でっかちになり「考えること」を放棄している人間が多くなったためだと考える。

情報に簡単にアクセスできる=賢くなる。と考える人間がいるようだがそれは違う。問題はアクセスした情報をどのように使うか、である。単なる表面的な情報、知識を検索によって容易に得られるから人間は賢くなっている、などともし考えているとしたらとんでもない勘違いである。

尚、中川淳一郎さんのいうバカで暇人 がネットに多いという動かしがたい事実もインターネットのレベルを著しく落としているのは今さらここで述べるまでもないだろう。

 そして状況はこの時よりもたぶん悪くなっている

情報が多くなって目立つのは、ユーザーがあまり溢れる情報に対して

・自分の好きな情報 自分の興味ある情報

・自分にとって都合のいい情報、(例え真実でなくても)本当であって欲しい情報

の2つしか見なくなっている点だ

そしてそれ以外のことは例え社会の一大事や重大なニュースでも「自分にとって興味ない情報」に対しては徹底的に無関心になる。

という傾向だ。

つまり多情報化社会で人間が多くの知識を得て、賢くなるのではなく、自分の興味ある情報、都合のいい情報のみしか興味を示さず、知識の範囲、情報の範囲が逆に極端といっていいほど狭くなっているという現状だ。

例えば今社会問題化している「ネトウヨ」をみてみると本当に顕著だ

先日もFacebookのとあるグループで少しネトウヨとやりあったが、彼らの特徴は「ネトウヨ」にとって「都合のいい情報」以外には興味を示さない。という点で徹底しているという点だ。つまりきちんとした学術書やジャーナリストのレポートよりはチャンネル桜のようなネトウヨにとって都合のいいデマとウソの情報の方しか読まないのだ。

ネトウヨに彼らの視点が間違っているきちんとした論拠の文章のリンクやテキスト情報を示しても彼らは死んでもそれを読まない。

先日ネトウヨとのやりあい、で感じたのはこの思考能力の低下、知性の低下は一体なんなのだろうと思う。そして彼らのボキャブラリーのなさ。

二言目にはだいたい次の用語のどれかを使ってくる

在日、朝鮮、サヨク、バヨク、ぶさよ 

まあだいたいこの辺りがほぼ順番に出てきて、他の言葉は一切出てこない、自分のボキャブラリーの貧困さが恥ずかしくないのか、とも思うが、あまりのレベルの低さに相手するのがバカバカしくなってきた。なんでこんな低知能の奴らのレベルに合わせないといけないのか、と思い相手にしていたこちらが情けなくなってきた。

これが5年前に「インターネットによって人間の知性があがる」と多くのiT技術者が信じて疑わなかったインターネットが及ぼした影響の結果である。 

いやーインターネットによる人類の未来はホントにバラ色ですなあ (大笑)

とくにこの情報過多がもたらした「無関心病」が深刻である

単に「選挙に行く、行かない」といいた類の話しだけではない

人々が無関心だからこそ権力者がどんなメチャクチャなこ とをしても誰も何もいわないし、誰かが不正をしても全く他人事のように思ってしまう。そのくせ芸能人がちょっとでも何かしでかすと世間全員がヒステリックなバッシング を行い、それこそバカなネットの暇人連中はまさに鬼の首を取ったように、問題の芸能人のバッシングを行う。政治家は何をしてもいいが芸能人はちょっとでも不正をしたら万死に値する、くらいといわんばかりだ。

私はそういう今の日本の風潮の方がよっぽど危険だと思う。

また今Facebookで音楽関係者、映像関係者によるグループの管理人をしているが、ここでも今日本にはびこっている「無関心病」が悩みの種だf:id:KyojiOhno:20170907234232j:plain

Facebookグループ「音楽家&音楽及び関連業界キャステイング」の管理人をやっていてわかるのだが、私を含むいろんな人がせっかく投稿しているのだが、それらの投稿を読んでいる人間はおそらくグループ参加者の半分強しかいないという点である。最近はインサイトというグループ内のアクセス解析のようなものがあるので最近わかったのだが、な かにはグループ投稿を殆ど見ていない人も半分弱いる。その中で3割くらいはFacebookアカウントを持っていても滅多にアクセスしなかったり、殆どみていなかったりしているが、頻繁にログインしている人でも2割近くはグループの投稿を殆ど見ていない、興味も示していない、ということがわかっている。個人的には一体何のためにグループに参加しているんだろう、とすら思う。

ただし興味がない人間にいくら興味持てといっても無理だ。

となると興味がなかった人でも内容を見ざるを得ないようなコンテンツに変えるようにしていく努力をするしかない、ということだ。

いずれにせよ私は日本社会に蔓延している「無関心病」と闘っている。

私はこの「無関心病」というのが非常に怖い。

人間の知性を後退させ、社会を機能不全にし、独裁者のやりたい放題ができる社会を作るからだ。

今の安倍政権はその「無関心病」を最大限利用している。

だからこそ「無関心病」と闘かわなければならない。

そして「無関心病」が本当に怖い