KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

ソーシャルネット10年 facebookユーザーと友人の数について

今更だが日本にソーシャルネットが誕生して今年で10年だという。mixi、そしてGREE 共に2004年2月にサービスを開始し、私もmixiの黎明期から参加している。



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mixiGREEの初期のロゴ



始めに断っておくが私は大のソーシャルネット好きである。mixiがまだ招待制であったがゆえにクリエーター、音楽家同志で健全なコミュニケーションを築くことができ多くの友人だけでなく仕事にも結び付いた時代を経験した。元々人脈が貧弱だった自分はソーシャルネットによって大きく恩恵を受けたといっていい。極端なことをいってソーシャルネットをやっていなかったら今の自分はどうなっていただろう、と思うほどソーシャルネットは自分にとって有効なツールであったことは事実である。

そしてソーシャルネットが時代の変遷でmixiからfacebookを主流になっても基本は変わらない。

とはいえ、このブログで何回も批判したネットのソーシャルマーケテイングに関する一部の論調ーソーシャルネットの中のいかなる情報も「全体に公開する」のがあるべき姿である、とか友人は知らない人でも積極的に承認し友人の数を増やすべきであるーがいまだ根強く残っていることに憤懣やるかたないものを感じている。このメソードを主張する一部のITコンサルタントエバンジェリスト(私はこの言葉も大嫌いだー英語を知っているせいかこの言葉のニュアンスには完全に上から目線のニュアンスがあるし、この手の連中であまり信頼できる人間に会ったことがない)に対しては当ブログでも容赦ない批判を浴びせた。

facebook5000人まで友人申請可能だが、5000人もニッチマーケテイングとして有効な「友人」を集められるのは基本的には有名芸能人もしくは余程特徴のある「カリスマ的な存在」の人物のいずれかである。これは寧ろ「特殊な例」例外的なケースとして考えるべきであろう。

その本来例外的なケースを有名芸能人でもなんでもない一般人に適要しようというのがそもそも無理な話である。

あと現実問題として有名人、芸能人でも有益な顧客を5000人も集めるのは実は至難の業である。とにかく数をふやすため友人申請を無制限に承認すれば、その中には必ず「成りすまし」「スパム業者」「荒らし」行為に走るいわゆるアホでヒマな「ネット住民」が紛れ込んでいても不思議はないからである。私の想像では5000人集めた人の殆どのケースではほぼ確実にこういう「好ましからざる人物」が入り込んでいる、と考えた方が現実的である。

特に女性がこれをやるのは極めて危険である。いわゆる「ネット住民」の中には本当に精神の病んだ、何をしでかすのかわからない輩も少なくないし、最悪身の危険すら迫る可能性もある。実際これがもとでストーカーや殺人事件も現実に起きている。何せfacebookは全て実名、住所や電話番号をFacebookに登録していればたちどころに居場所が相手にばれてしまう。(だから私は決して住所や電話番号はfacebookに登録しないー自己防衛のためにね)

ネットソーシャルマーケテイングをやたらに美化する奴は、この5000人の顧客でいかなるマーケテイングも可能であるかのようなことをいうが、実際には5000はニッチマーケテイングでは有効でもマスとしては逆に少ない数である。つまり何を云いたいかというといい加減ソーシャルネットマーケテイングの幻想などを流布するのはやめろよ、ということだ。.

facebookロゴ

・有名人でもカリスマでもない人がfacebook友人数をやたらに増やすと嫌われる理由

はっきりいわせてもらうが、私も「友達を増やすため」やたらにfacebook友達を増やす輩は嫌いである。確かに友人が少なすぎるとソーシャルネットはつまらないが、正直数千人の友人など私は集める気などさらさらない。ちなみに私は原則リアルに会った人間しか友人申請も承認もしない。(正直一部例外の人はいるけどね)

そもそもfacebook友人が何千人もいたらタイムラインなど訳のわからない状態になるであろう。このくらいの数の友人がいた場合、友人のソーシャルネットの書き込みを全てフォローするのはよほど四六時中、facebookにはりついてもいない限り、現実的に不可能である。いや仮に張り付いていても友人が友人が5000人もいたらフォローなどやり切れるものではない。絶対不可能と断じて差し支えないと思う。

この場合どういうことが起きるかというと、数千人の友人を持つ友人は実質的にその人に対してリードオンリーの状態と同じになる。つまり自分の書き込みをその数千人の友人を持つ人間が読んでくれる可能性は極めて低い。ということだ。これはもはや双方向のコミュニケーションとはいえない。

まああなたがファンになっている有名アーチスト、芸能人に対してならそれでもいいだろう。しかしそうでも何でもない人間に対してそんな状況になってしまうとはっきりいってつながっていても何も楽しくない。

私の友人数は今日現在375人、決して多い方ではないかもしれないが自分で情報を管理するには差し支えない数である。ちなみにmixiの現在の友人数のほぼ倍である。

その友人数の中で普段ソーシャルネットでコミュニケーションする現状を考えると大きく分けて次の種類に分けることができる。

A.コメントや「イイネ!」を日常的に頻繁にしてくれる友人ー 全体の20-30%

B.内容に応じて時々(1ほど頻繁ではない)コメントや「イイネ!」をしてくれる友人ー 全体の30-40%

C.友人でもコメントや「イイネ!」が殆どなく、たとえ以前リアルに会ってももはやもう一度会うと誰だかわからないかも。という人全体の35-45%

D.別に知り合いでもなくリアルに会ったわけでもないけど友人承認した人私の場合5%くらい

おそらく数千人も友人がいる人は上記CDのパターンの友人、おそらく後者のDの方がパーセンテージが圧倒的に多くなっていくだろう。それで問題が起きていなければいいが、前にも書いたようにその中にはネットの「好ましからざる人物」がかなり入り込んでいる可能性がある。

実際どんなに友人が多い人でも4000−5000人も「良く知っている」人間がいるなどというケースは通常であれば現実的にまずありえない。そういう人が仮にいたとしてもきわめてまれなはずだ。

facebook「イイネ!」やコメントについてはいろんな考え方があるだろうが、自分で使ってみてやはりこのツールがあるとコミュニケーションが取りやすい。勿論理由もなくやたらに「イイネ!」する人もどうかとは思うが、基本的に自分の書いた記事に対して同調する、気に入った内容の記事であれば基本は「イイネ!」をつけるのが基本マナーだと思うし、書いた当人も誰かに「イイネ!」してもらうとやはり気持ちいいものである。

ちなみに私の友人の中にいるかどうかはわからないが、記事は毎回読んでいるにも関わらず「イイネ!」コメントも一切しない人が少なからずいるらしい。正直そういう友人がいたら気持ち悪い。
そういう人が私の友人の中にいないことを心から祈っているが、「イイネ!」をしない、というのは私の記事が気に食わないのか、別の意図があるのかわからないが、はっきりいって別に私のソーシャルネットの記事が気に入らないなら無理して読んでもらう必要はないし、いっそのこと無理して「友人」であり続ける必要すらない。いいのか悪いのかもわからず、ただ人の記事だけひたすら見る、というのは何か監視されている感じがして非常に気持ち悪い。万が一私の友人の中にそういう人がいたら、とっとと消えてほしい。

なんにせよまだ現時点ではfacebookはまだ有効なツールにはなっている。ただ先日のユーザーの個人情報への広告主へのフィードバックシステムのように、システム改悪による崩壊の可能性も十分にあるのだが..