KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

平清盛前半の佳境ー保元の乱感想

平清盛ー先週も書きましたように今日は日本史上でも重要なできごとの1つである、保元の乱です。
大河ドラマに関する記事を書いておきながらよく考えればここしばらく感想らしい感想を書いていなかったので今日はそれを書かせていただきます。

ドラマ自体はほぼ史実に忠実に描かれていると思います。保元物語に書いてあるとおり夜襲を献策した源為朝の提案を頼長が拒否したことが結局勝負を分けました。戦術的に考えればただでさえ兵力に劣る上皇方が奇襲作戦を取るのは常道なはずですが、知識人を自認しただでさえ自信過剰気味の頼長が結局自ら敗因を作ってしまいました。多くの歴史家が「古代」が終わり「中世」の始まりと位置づける保元の乱は僅か一日で終結します。今回は戦いのシーンも多くなかなか見応えがありましたが、期待が大きすぎたのか為朝の「戦争マシーン」ぶりをもうちょっと派手に見せてほしかった気もします。

それにしても頼長を見て思うのは、いくさのいの字も知らない人間が知識をひけらかして作戦に口を出すー現場を知らない人間が現場に口を出すーとたいていロクなことにならない、ということを証明していると思います。最近思うのは「知識が多い≠賢い」ということじゃないでしょうか? 知識がなさすぎるのも問題ですが最近のネットの状況みても思うんですが、中途半端な知識(情報)で頭でっかちになり、自分が何もかもわかったような口を聞くのは賢くなるのではなく愚かになる、ということだと思いますね。最近のネットでおばかさんが多く見えるのはまさにそういうことではないか、とも思うんですが、まあそれは余計なことでした。

例の矢が首にささるシーンは来週のようですので、存在感ある悪役の藤原頼長を見せてくれた山本耕史君の演技も来週が見納めになりそうです。ちょっと寂しい気もしますね。それにしても山本耕史、いい役者になりました。将来が楽しみです。

今回は源氏で義朝と為義が闘ったり、鎌田正清の父の通清が討ち死にする様も描かれました。凄まじい戦いだったんですが、今回の保元の乱、なぜか義朝の長男の悪源太義平が参戦したという記録が残っていません、なぜこのような重要な戦に源義平が参加しなかったのか、詳しい事情はわかりませんが、もし参戦していれば鎮西八郎の為朝悪源太義平の一騎打ちという究極の対決が見れたかもしれません。

もし悪源太義平鎮西八郎の為朝が実際に戦ったとしたら果たしてどちらが強かったんでしょうかね? 史実では実現しなかったようですが、もし実現していたら見てみたい気がします。