KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

インターネットが与えたプラス面とマイナス面について考える

GWに入り私も一ヵ月半近く及んだ制作が一段落し現在たまった疲労を回復中ではありますが、こんな時だからこそいろいろと思索にふけてみようとも思っているが

以前も引用したがこんな記事がある。

■専門家に聞きました。インターネットが人間の知性に及ぼす影響(米国)
http://current.ndl.go.jp/node/15827
元になった記事
Future of Internet IV
http://pewinternet.org/Reports/2010/Future-of-the-Internet-IV/Overview.aspx?r=1

これは約900人(正確には895人からの回答)のインターネットの「専門家」に2020年までにインターネットが人類や経済に与える影響について以下の質問のアンケートをとってまとめたものである。
↓  以下 アンケート結果   ↓
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1.Googleは人を愚かにしない
75%がこの意見に同意ーGoggleにより情報のアクセスが容易になりより我々は賢くなるという見解が支配的である。

2.インターネットにより読み書き能力が改善しや知識の量も豊かになる。
65%がこの意見に同意ー65%が2020年に入り文章読解力も文章力が飛躍的に上達するだろうと考える一方、32%が2020年までには寧ろ人類の文章読解力が衰えるのではないかという懸念を抱いている。

3.今後もインターネットのイノベーションは驚くべき発展をする。
80%がこの意見に同意ー今後も新ツールやアプリケーションが人類の想像力を刺激し続けるだろう。

4.情報は自由にオンラインで流れるべきだが、一方ではある部分では制約が存在し続けるだろう。
61%がインターネットは今後も自由に情報が流れるメデイアであり続けるべきで、情報流出の制約は最低限のものであるべきだと考えている。一方ではこの観点は単なる「希望、要望」で必ずしもいかなる情報も無制限に流れることを期待しているものではない、ということも付け加えられている。33%が情報の流出をある程度コントロールした方が情報、ネットワークとしての成功率が高いことも付け加えている。

5.「無記名」なネットの活動(ハンドルネームその他を使った書き込み)は今後は減っていくがなくなることはないだろう
55%がこの見解に同意する一方41%「無記名」なネットの活動は大幅に減るだろうと予測している。
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まずここで抑えておかねばならないのは、今回のアンケートの対象者が「インターネットの専門家」であるという点。つまり殆どがIT関係者であり、IT技術を推進する立場の人間である、という点。つまりインターネットに関してそもそも否定的な観点が出にくい層からの回答であり、当然ながら一般ユーザーの認識と相当なずれがあることも踏まえておかねばならない。

例えば上記と同じ質問が来た場合は私ならこう答える

1.Googleは人を愚かにしない そもそもGoogleの存在自体が人を愚かにするかどうかという質問はおかしい。Googleで検索した情報をどのように咀嚼し、どのように使うかの方が遥かに重要である。人が愚かになるかどうかはそのツールをうまく使いこなせるかどうか、それ次第。

2.インターネットにより読み書き能力が改善しや知識の量も豊かになる。

残念ながらこの見解には全く同意できない。それはブログ、ソーシャルネット等の書き込みで文章読解力が極端なくらい落ちている人間が増えていることを痛感しているためである。三行以上の文章を読まない(読めない)人間も多く、文章構成力も中学生以下の人間も少なくない。

インターネットで大量に出てきたのは大量の頭でっかち人間の出現だ。検索やウエブでの「断片的な情報」で世の中のことを全て理解したと勘違いし、専門家でもないのに専門家面する人間が大量に増えたこと。これは賢くなったのではなく余計にバカになっただけである

想像力に関しても著しく減退している人間が多くなっていることを感じる。これはあふれる情報を鵜呑みにしたり、頭でっかちになり「考えること」を放棄している人間が多くなったためだと考える。

情報に簡単にアクセスできる=賢くなる。と考える人間がいるようだがそれは違う。問題はアクセスした情報をどのように使うか、である。単なる表面的な情報、知識を検索によって容易に得られるから人間は賢くなっている、などともし考えているとしたらとんでもない勘違いである。

尚、中川淳一郎さんのいうバカで暇人 がネットに多いという動かしがたい事実もインターネットのレベルを著しく落としているのは今さらここで述べるまでもないだろう。

3.今後もインターネットのイノベーションは驚くべき発展をする。

これも正直疑問である。まあIT技術者としてはそういい続けたい気持ちもわからないではないが、実はネットの基本技術はそんなにここ10年変わったわけではない。Java scriptやxml等が複雑化はしているかもしれないが、だいたい基本的な技術は出尽くした感がある。要は現在ある技術、ツールをどう組み合わせて新しいツールにするか、という点だ。
 You tubeやu-stream等が出現した時に「これで社会が劇的に変わる」などとよくいわれたが、結果は騒がれるほどではなかった。勿論両方とも便利なツールであることは確かだが...しかしもうそんなに社会が劇的に変わるほどの技術が出るかどうかは疑問である。

4.情報は自由にオンラインで流れるべきだが、一方ではある部分では制約が存在し続けるだろう。

これは同意。というか批判されることを覚悟の上でいうがインターネットは放って置けば情報が自由に行き来する空間だけにネットに流す情報のコントロールコンプライアンス意識に基づく制約は絶対必要不可欠なものである。 MIAUのようにいかなる形の情報流出の制約にも反対する、というのはいささかバランスに欠ける実際一度でも大手会社との業務を行なえば守秘義務が発生するのが当然であるし、発生しないわけがないのだ。それをけしからんなどというのははっきりいって実際きちんとした会社との業務などを行なった経験がない人間のいうことである。

5.「無記名」なネットの活動(ハンドルネームその他を使った書き込み)は今後は減っていくがなくなることはないだろう

減っていくかどうか ? 少なくとも日本では「無記名」の方が主力であり続けるのではないだろうか? 確かに「実名」を出すfacebookの会員数が伸びてはいるが、やはり「無記名」のゆるいコミュニケーションの方が日本人の国民性に合っているように感じる。特に女性は「無記名」の方が安心感を持つという。

但し「無記名」というのは2ちゃんmixiを見ればわかるが、自分の発言に責任を持たない、という意味も含まれる。 私が今や完全にメインのソーシャルネットにしているfacebookのように「実名」だと自分の発言に対する責任等の意識が出てくるし、私としてはそちらの方を推奨したいとは思っているが、日本のネットでそういう意識を持つユーザーが増えるかについては少々私は悲観的である。

ただこういうことはいえるかもしれない。今後ユーザーの意識に大きな「格差」が生じる、という点である。私のように業務、もしくはそれに付随する用途を中心にネットを使う人と、モバゲーやmixiのような「ゆるい」コミュニケーション、遊びを中心にネットを使う人とはっきり別れるかもしれない。

以上、インターネットに関してはあまり楽観的な見解を示してはいないが、しかし一方では「便利なツール」として、そして使い方によっては「ビジネスに有効なツール」になりうることも重々承知している。実際私は現にインターネットー自分の会社のウエブサイトを自分の仕事の有効なツールとして利用している。

特に私が経営している音楽制作会社のウエブサイト(http://www.hybridmusic.jp )や私自身の公式サイト (http://www.kyojiohno.com )を通して結構お仕事も取らせていただいている。特に私は保守的な音楽業界の中で、音源のウエブサイトでのサンプル試聴を早くから導入していた。今でこそ殆どの音楽関係ウエブサイトで実施しているが、ネット草創期には業界から「望ましくないからやめるべきだ」とか「30秒以内にしなさい(今では45秒以上が当たり前に鳴っている)」といった横槍が頻繁にうちの会社に来た。その殆どをうちは無視したが、その結果多くの仕事を成約することができた。いってみればウエブサイトは私にとってセールスマンであると同時に、24時間、365日デモを世界中にできるプロモーションツールでもあり、私や私の会社にとってビジネス獲得の手段として今や必要不可欠なツールとなっている。

確かに便利なツールを手にした。しかしだからといってこのこと自体は「革命的」なことではない。

革命とは従来の価値観が根本的に変わることを云う。まだいろんなイノベーションとやらが出現しても、それは価値観を変えるところまで行っていない。(そもそも「情報革命」とやらが本当に起きるかどうかもわからない)

仮に「情報革命」とやらが本当に起きるとしたら、それは情報やコンテンツ自体が従来とは根本的に違う内容のものであることが絶対条件である。つまり「情報革命」とはコンテンツの革命でなければならない。システムをどういじろうがその行為そのものが「情報革命」につながるわけではない。

それにしても「情報革命」といわれるものはそもそも本当におきるものなのだろうか?