KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

坂の上の雲完結と歴史ドラマの見方について

坂の上の雲とうとう最終回が終わってしまいました。間違いなくNHKが制作したドラマの中では最高傑作の1つといっていいでしょう。司馬遼太郎が恐れていた戦争讃美的な表現は少なく、敗者のロシア側からみた視点や戦争の悲惨さを中心に描いていました。

役者も今の日本の俳優、女優陣ではおそらく最高のキャストを使ったといっていいと思います。阿部寛本木雅弘も本当にいい役者になりました。正直こんないい役者になるとは思いませんでした。竹下景子は私と5つしか年が違わないんですが、見事なほどにお婆さんを演じていました。(ゲゲゲの女房の時もいいお婆さん役やっていましたけどね)そしてメイクもすごいですね。今回の晩年の好古を演じた時の阿部寛のメイクもすごかったですね。いろんな面でスタッフの技術が結集したドラマだったと思います。

日本海海戦T字戦法を採用したのは今回の日本海軍が初めてではないですが、その後この戦法を採用したどの軍よりも効果的に戦法を運用したため、東郷平八郎は世界の海軍史上に名を残すようになったのですが、その戦略を立てた秋山真之の苦悩「坊さんになりたい」という気持ちは戦争の現場を見てきた人間の正直な気持ちかもしれません。

とにかく一昨年の11月から見せてもらいましたが、もう終わってしまうのは本当に寂しいですね。とにかくいいドラマを見せてもらいました。これなら聴取料も高くないですよ(笑)

さて、坂の上の雲の余韻に浸りながら昨年の龍馬伝の時も気になったんですが「史実」「歴史ドラマ」の相関関係については一言ふれておいた方がいいかもしれません。

坂の上の雲についてはご存じの方もいらっしゃるでしょうがNHKに対してこんな「公開質問状」なるものが存在します。

■NHKドラマ『坂の上の雲』への公開質問状
http://www.labornetjp.org/news/2009/1255653227812staff01

まあいわゆる左翼系のサイトといわれればそうですが、別に坂の上の雲の内容に対してどうこういうのは自由です。但しこのサイトを読んで根本的に勘違いしているなと思うのは

坂の上の雲小説であって正史ではない、という点です。

歴史ドラマは浅田次郎先生も歴史小説といっても所詮は小説だから嘘を書く」とおっしゃっていたように歴史小説というのは実在の人物を演じてはいますが、所詮作家がその人物の人間性に焦点をあてて脚色したフィクション以上のものではなく、従って決して歴史のシミュレーションではない、という点であります。

何度でも書きますが
歴史小説は「小説」であってそれ以上でも以下でもありません。

どうも昨年の龍馬伝にしても坂の上の雲にしてもここを勘違いしている人が多すぎます。上記の「質問状」サイトの人たちは割と年配の人が多そうですが、フィクションと実話の区別がつかないとしたら、よくゲーム好きな人に対していう「リアルとバーチャルの区別がつかない」といわれる人間とはっきりいって同レベルですね。

まあ司馬遼太郎の歴史解釈についてはいろいろ賛否両論があるでしょうが、それは司馬遼太郎氏に対して行なうべきであってNHKに対してそれを主張するのはちょっと違うでしょう。だいたい上記のサイトを読むと小説やドラマをきちんと読んだり見たりしているとはちょっと思えないんですけどね。

もし歴史小説や歴史ドラマが歴史のシミュレーションでなければならない、と考えるのならまともに見ることができるのはまんが日本史くらいでしょうね。そういう人は厳しい言い方をすれば歴史小説や歴史ドラマを見る資格はないといっていいでしょう。

歴史ドラマの重要なのはそれがドラマとしてよくできているか、が大事であって、役者、脚本、そして映像全般が良質なことが重要だと思います。今年の5月のJin-仁とて「船中策」などという原作にもなく史実を変えた部分がありましたが、最終的には「原作を超えた」という稀有な評価を得た良質なドラマになりました。例え史実と若干違うところがあったとしてもそのこと自体は重要ではありません。

天地人や今回途中から見るに耐えられなくなった「お江」は史実もメチャクチャだったこともさることながら、ドラマの脚本、そして演じている俳優も正直いただけなかった、という点が揚げられます。特にこの両者に致命的なのは脚本があまりに薄っぺらなため、主人公に対してドラマの重要な要素である「感情移入」が全くできなかった点にあります。

司馬遼太郎「国民的作家」といわれる所以は司馬の作品の主人公は司馬遼が気に入った人物しか主人公にしないというだけあって、読者がその主人公をとてつもなく好きになるようにできている点でしょう。つまり主人公に「感情移入」しやすくなり気がついたらすっかりその作品にはまってしまうといううまさがあります。坂本龍馬然り、秋山好古、真之兄弟然り。

以前浅田次郎先生がおっしゃっていたように歴史学者は史実を見るが、歴史小説家は歴史の中の人間を見る」ように司馬遼太郎がその「人間」を見てその「人間」を描くのが卓越してうまかった。そしてこの坂の上の雲で描かれた秋山兄弟、正岡子規広瀬武夫の「人間性」ー長所も短所も含めーを見事に描ききったからこそこの作品が愛される理由ですし、ドラマとしてもこんなに高いクオリテイの作品になったということができます。

歴史ドラマは正史でなければならないー歴史ドラマ=正史と考える風潮があること自体日本人のリテラシーの低さを証明していると残念ながらいわざるを得ません。実際たんなる歴史のシミュレーションのみを見せろいうならそんなドラマは見ていてつまらないと思いますがね。それにしてもドラマと真実の区別がつかない人がこんなにも多いというのは困ったもんです、