KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

何のための「自粛」? 誰に対して不謹慎?

東京地方ではようやく桜が咲き始め今週末あたりは満開になる見通しだが、今年は殆どのところで「花見」「自粛」する動きが強いという。

私など音楽を生業としている人間だけでなくエンタテインメントの世界で仕事をしている人間は多くのイベント、コンサート等が中止になり、今も続いている。外食や飲み会に行くこと自体を「不謹慎だ」などという風潮も強く、その関係で倒産している会社も増えている。

そんな折、乙武洋匡氏がかねがね私が思っていたことをインタビュー記事でのべていたのでご紹介する

■「誰のための自粛なの?」乙武洋匡の"不謹慎厨"に対する思いとは!?
http://www.cyzo.com/2011/04/post_6969.html

先日もテレビ東京が33時間1分災害報道番組を放送したあとアニメ番組をオンエアしたらテレ東に抗議のメール&電話が600件来たという記事があった。

■「アニメ番組を流すのは不適切」、ーテレ東に抗議のメール&電話が600件

http://www.sanspo.com/geino/news/110401/gnj1104010506019-n1.htm

思うに上記の記事で「不適切」「不謹慎」などと騒いでいる人間の中で実際の被災者はおそらく殆どいないと思われる

正直被災者がそう主張するのならまだわかる。だが乙武氏の記事にも書いてあったが実際には被災者側から「自粛して欲しい」とか「不謹慎」などという言葉は殆ど聞かれなかったという。

だとしたら一体何のための「自粛」なのか? 一体誰に対して「不謹慎」なのか?

寧ろ被災者の声のベクトルは全く逆の方向に行っている。次の記事を参照されたい

■「復興計画をぜひ」被災者からのメッセージ
http://www.news24.jp/articles/2011/04/01/07179876.html

■笑顔がいっぱいになるように…被災者の声
http://www.news24.jp/articles/2011/03/31/07179860.html

■被災地からのメッセージ
http://www.dai2ntv.jp/infotainment/message/000001236z_01.html

この中のどれか一つでも自分たちのために「自粛して欲しい」、とか「楽しいことするのは不謹慎だ」などという言質があるだろうか? 

違う。
殆どの人は一刻も早く復興したいのである。

早く元の生活に可能な限り近づきたいのである。

そして早く笑顔を取り戻したいのである

思うに「自粛」すべきだとか「不適切」「不謹慎」などという人間には2つのパターンがあると思う。

1.テレビなどで流れる被災地の悲惨な光景を目にすることにより「自分は平和な日常を送っていていいんだろうか?」という戸惑いや罪悪感が「自粛」「不謹慎」発言に発展すること

つまり被災者があんな悲惨な状況なのに自分が「普通の生活をしている」ことをあたかも犯罪行為であるかのように感じてしまっている点である。これを個人レベルで感じて「自粛」するのは自由だ。問題はその考え方を「人に押し付ける」ことである。

あえていうがこの「自粛」「被災者に配慮して」という名目になっているが嘘である。実際には「被災者のため」でもなんでもない。自分の罪悪感をうすめ、「自粛」をして、なおかつ「普通の生活をする人間」を「不謹慎」と攻撃することによって自分が勝手にもった罪悪感をうすめているに過ぎない。つまりこの「自粛」被災者のためではなく自分の「自己満足」のためである。

あと第二は
2.「自粛」「不謹慎」「不適切」などという言葉を「武器」として「荒らし」や「クレーマー」になるヒマ人連中。要するに「かまってチャン」たちだ。「自粛」「不謹慎」「不適切」という言葉を使えば自分たちが絶対的優位にたてるという勘違いをしているおバカたち。

要するに「バカで暇人」が騒いでるパターン。上記のテレビ東京の例など99%の確率でこのパターンにあてはまる。あえていわせてもらいが、こいつらは社会にとって極めて有害な害虫である。だいたい節電の時にネットで「荒らし」や「突っ込み」できる箇所を必死に探す行為の方がよっぽど電力の無駄だしそれこそ不謹慎である。

だからあえていうが東北に桜の季節になったらボランテイアで行かれる方は是非、被災者の皆さんに花見の宴を催してあげて欲しいと思う。私はそれをやれば被災者の方たちは絶対に喜ぶと確信している。

それを不謹慎だなどと騒ぐ輩は被災者の本当の心はわかっていないと思う。