KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

坂の上の雲ー明治と現代のマスコミの庶民への煽動について

坂の上の雲、第二部の二回目で正岡子規がついに死にました。香川照之扮する正岡子規は歴史に残る名演といっていいと思います。凄まじい芸術家の生き様を見せ付けられてみていて涙が出てきました。これに関しては珍しく[http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/:title=私の本来の音楽ブログ]の方でも書いています。

坂の上の雲正岡子規の凄まじい芸術家の生き様
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2010/12/post-cd49.html

それはそれで感動したのですが、ここでは子規が勤めていた日本新聞社を始めとする当時の新聞、マスメデイアの報道について述べたいと思います。

現代の日本のマスコミは一応建前上反戦的」あるいはネットウヨの系の人たちから見れば「サヨク」であるらしいですが(笑) それは勿論表面的なもので基本的にマスコミというものは新聞の発行部数やテレビの視聴率を上げるためであれば「反戦」どころか逆に「好戦的」にすら簡単に変貌します。

明治のメデイアの状況はまさにそれで当時の日本政府は「可能な限り」戦争をしたくなかったわけです。坂の上の雲伊藤博文「平和主義者」的に描かれていることに関して主に左系の人から強い批判が出ていますが、実際記録で彼は日清戦争日露戦争にも反対していたことが最近の記述でわかってきています。ですから坂の上の雲伊藤博文の描き方は決して間違っていません。

寧ろ戦争すべし、という好戦的雰囲気は当時の一般庶民に根強くあり当時の新聞がかなり煽動していたのは間違いありません。理由は単純にその方が新聞が売れるからですが、やはりこれを見るとマスコミは今も昔も基本的には変わっていないなと思わざるを得ません

この報道の仕方は最近のマスコミの尖閣列島での報道の仕方を彷彿されます。あの時もマスコミは十分なほど「反中国」的な雰囲気をかなり煽動しました。
勿論あの時の中国の行動はかなり問題があったのは云うまでもないですし、あの事件によって中国という国の信頼性や「脱中国」を推進すべきである、という点では異論はありませんが、それにしてもあの報道内容を見ますと明治時代に戦争の機運を煽動した行動と何ら進歩がないことがわかります。

明治以降の日本のマスコミは大正デモクラシーのあと軍国主義の時代に入り、マスコミは単なる軍のプロパガンダのツールになり下がった点は今さらいうまでもないでしょう。私が危惧するのは日本のマスコミは「いつか来た道」に向ってしまう危険性を強く感じているからです。

先日のウイキリークスの報道にしてもウイキリークスの行動を擁護したマスメデイアはほぼ皆無といってよかったと思います。報道の自由、権力者たちの「不都合な真実」を伝える機関をテロリストと決め付ける各政府の声明をほぼ鵜呑みにしている報道が目立ちます。プロの記者である以上ウイキリークスがどういうものか百も承知であるはずにもかかわらず、です。やはり現代の「大本営発表である記者クラブ制の弊害といえるかもしれません。

明治時代のマスメデイアの好戦的な報道は日露戦争の奇跡的といってもいい勝利(実際には司馬遼太郎が言うに「辛うじて」引き分けたというのが現実だと思いますが..)から激しさを増し最後は太平洋戦争という無謀な戦争に日本を駆り立てます。今でこそしたり顔で平和を唱えていますが、戦前の日本の破滅的戦争に進ませた責任の一端は明らかにマスコミにもあります。いまだにマスコミ関係者はそれを認めようとしていませんが

坂の上の雲の当時の新聞の報道、庶民の煽動ぶりを見て現代のマスコミの現状を思い出してしまった私でした。