KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

坂本龍馬には現代人の匂いがする

先週龍馬伝の最終回が終わり今日からは昨年に続いて坂の上の雲が始まりますね。もっともBS-Hiでは既に先行放送を始めてまして先週も途中から見ました。今日も5時半からやりますのでたぶんそっちを見ると思います。(既に2回目ーついに正岡子規が死にます)

坂の上の雲は本当にドラマとしてよくできていますね。毎回司馬遼太郎の遺族に見せて了解を取ってから放送しているようですのでそんなひどい内容にはならないでしょう。今回も楽しみです。

さて龍馬伝は一部脚本について私も苦言を呈しましたが全体的にはすごく私は楽しめました。しかし平均視聴率は思いのほか低かったのは残念です。あのひどかった天地人より低かったというのは私自身何か納得がいきませんね。

それでも坂本龍馬という人間に対して関心がないのか、というと龍馬ゆかりの地の観光の経済効果はかなりのもので

長崎市への経済効果 182億円
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/212442
高知県への経済効果257億円
http://203.139.202.230/?&nwSrl=262618&nwIW=1&nwVt=knd

とかなりの大盛り上がりだったようで、視聴率では大きく上回った天地人
天地人」経済効果は29億円 南魚沼市 新潟
http://sankei.jp.msn.com/region/chubu/niigata/091211/ngt0912112019001-n1.htm
米沢市の経済効果 71億円
http://yamagata-np.jp/news/201003/08/kj_2010030800137.php

と比べてもなんと一桁上の経済効果です。これは龍馬伝の視聴率とは裏腹に坂本龍馬に関する関心が強かったことの証明でもあります。

私自身もこの坂本龍馬という人物には何かひきつけられるものを感じてきました。これは司馬遼太郎の「竜馬が行く」とは無関係に時代の変化を演出した人間であり、短いながら破天荒な人生を送った人間に対して興味がわいたからです。

そもそもこの坂本龍馬は生前よりも死後有名になった人物で、彼の業績は幕末当時、一部の人間でしか知りませんでした。それが龍馬伝にも出てきました高知の『土陽新聞』の記者、坂崎紫瀾が書いた『汗血千里の駒(かんけつせんりのこま)』が掲載され、大評判となった事により一躍有名になりました。

坂本龍馬というのは云ってみれば幕末の封建制度から近代的な明治時代への転換の筋書きを書いたフィクサー的な存在といってよく、薩長同盟船中八策そして日本最初の株式会社である亀山社中海援隊という存在も坂本龍馬の存在を注目させました。しかし龍馬自身の活動は殆ど水面下での活動で表に出ることは殆どありませんでした。そのため一般にはなかなか知られない存在だったわけです。

ですが坂本龍馬がこれほどまでに人気が出た背景はそういった彼の業績よりは彼の人間性、懐の深さにあるように思います。彼は亀山社中海援隊の隊長ではありましたが、決してワンマンなリーダーではなく社中のメンバーは龍馬がやろうとする目的をきちんと理解しており何をやるにも龍馬がきちんと隊員に説明をしていたようです。坂本龍馬は19世紀の人間ですが、あの時代の人間には珍しく意見の違いを受け入れそれを理解する能力がありました。これは民主制が定着した19世紀のヨーロッパでさえ、意見の違い=決闘、などという風潮がまだ残っていたことを考えますと当時の日本人の中では特別なほど視野が広かったといえます。

こうした面では私は坂本龍馬には現代人の匂いがする、そんな気がしますね。だからこそ現代の私たちは坂本龍馬に他の歴史的人物とは違った親近感を覚えるのかもしれません。要は「現代の坂本龍馬のようなリーダーが出てこないかな」ということでしょう。我々は写真を通しての坂本龍馬(決してイケ面とはいえないけど、なぜか女性にメチャクチャもてた)しか知りませんが実際に会ったらたぶんオーラを感じさせる人物だったんでしょうね。