KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

ドイツでヒトラー展

■ドイツ:タブー越えて初「ヒトラー展」 独裁者/大政治家、愛憎なお複雑

http://mainichi.jp/select/world/news/20101101ddm012030148000c.html

ドイツ人にとって「ナチスドイツ」というのは汚点の歴史であり、やはり触れたくない歴史でもある。しかし複雑な事情があるにせよその部分を見据えてきたし、ドイツ国内で徹底的に「ナチス否定」を行なってきた。そのためナチス賛美につながりかねないヒトラー展はこれまで一種のタブーだったことは想像にかたくない。

過去の軍国主義を表面的には否定しつつもその日本軍の罪状の存在自体を否定する日本の国家主義的保守勢力よりはまだマシではあるが、やはり複雑な事情という点では日本もドイツも変わらないようだ。

しかしヒトラーナチスをことさら感情レベルで語るのではなく、はあくまで「ヒトラーがなぜドイツ国民の支持を得たか」に焦点を当てており、ドイツ社会が比較的冷静にナチス時代を振り返り始めたのは評価できるのではないだろうか?

なぜあのような政党をドイツ国民は支持してしまったのか?
同じ過ちを繰り返さないためにはどうすればいいか。

日本も同じことがいえるだろう。
なぜ戦前の日本は軍国主義に走ってしまったのか、「一部の軍の人間の暴走」と片付けてしまうのは本質を見誤る。

戦前の日本はまさに今の北朝鮮のような社会だった。だから我々はあまり北朝鮮を笑う資格はない。

二度と同じ過ちを繰り返さないためにも日本も冷静にあの時代を分析し、あの悲劇が起きてしまった本質的な原因について考えてもよいかもしれない。

ベルリンのドイツ歴史博物館で、独裁者ヒトラーを題材にした特別展「ヒトラーとドイツ人」が開催されている。ナチス賛美につながりかねないヒトラー展はこれまで一種のタブーだった。だが、今回はあくまで「ヒトラーがなぜドイツ国民の支持を得たか」に焦点を当てており、ドイツ社会が比較的冷静にナチス時代を振り返り始めた一つの証しとも言える。【ベルリン小谷守彦】

 ■「国民」に焦点

 ヒトラーを真正面から取り上げる大規模な展示は「戦後初めて」(独メディア)で、10月15日に始まった(来年2月6日まで)。1000平方メートルの展示場には、ヒトラーナチスへの入党記録、演説メモ、執務室にあった引き出しや軍事作戦用地図など約1000点を紹介している。注目されるのは、8歳の男の子がヒトラーに送った誕生日カードなど、国民の間で実際にヒトラーの人気が高かった事実を示す展示品だ。ナチスの台頭には、こうした民衆の支持があったことを客観的な資料で裏付けている。

 開催までには多くの懸念があった。オットマイヤー館長は「政治家やジャーナリストは、展示を通じてヒトラーが再び人々を魅了するのではないかという過剰な不安を抱いている」とその困難さを指摘した。実際に04年には、同種の企画が同館専門家委員会の反対で中止されている。

 今回の企画チームを率いるミュンスター大学のタマル教授は「当時はヒトラーという人物そのものを取り上げようとして拒否された。今回は独裁者に期待した国民の姿も取り上げており、コンセプトが違う」と展示の意義を説明する。

 ■肯定論消えず

 戦後60年以上、国民にとってヒトラーは常に興味の対象だった。オットマイヤー館長は「特に若い人はナチスに大きな関心を抱いている」とみる。確かにドイツではテレビでナチス関連のドキュメント番組を頻繁に放送し、伝記や歴史映画もポピュラーだ。

 社会民主党系のフリードリヒ・エーベルト財団が10月13日に公表した調査では「(ユダヤ人などへの)ホロコースト(大虐殺)がなければ、ヒトラーは偉大な政治家だったか」という質問に11・6%が「そうだ」と回答。「ナチスの犯罪は誇張されすぎているか」との質問にも8・3%が肯定している。調査を担当したライプチヒ大学のブレーラー教授は「ナチズムへの高い評価は1950年代にもあった。現在も外国人敵視などとして生きている」と分析する。

 ■変わる人物像

 そんな中、ヒトラーを「スーパースター」に例えるのは、ベルリン自由大学のナチス研究家ビッパーマン教授だ。戦後、ドイツ人がヒトラーのみを「悪者」にしてしまうことで、国民自らが選挙でヒトラーを選んだという歴史的責任を棚上げし、事実上スケープゴートにしてきたことへの皮肉だ。戦後、多くのドキュメンタリー映画などで「大衆を扇動するヒトラー」のイメージが繰り返し流されてきたのも、国民に好都合だった側面もある。自分たちは「扇動された被害者」と納得できるからだ。

 だが、現代史学者のフライ・イエナ大学教授は「ヒトラーは戦後間もなく悪者扱いされたが、その反動で70年代に人々はヒトラーに魅力を見いだした。今は世代交代が進み、愛憎はともに薄れている」と語る。「最近は、ナチス以外の人々もナチスの犯罪に関与したとの認識が広がっている」(英アバディーン大学の政治史学者・ウェーバー教授)と、社会意識の変化を指摘する専門家もいる。こうした流れが、客観的な「ヒトラー展」開催につながった一因ともいえる。

 ■極右への警戒

 とはいえ、ヒトラーナチスの評価は今なおドイツ人にとって単純な話ではない。ヒトラー個人の悪事を強調するほど、国民は「被害者」として責任を逃れることにつながるが、一方でヒトラーの悪事を強調しなければ、ネオナチなど極右勢力を助長しかねない。

 今回の展示をいち早く批評した週刊誌シュピーゲルは、その両面の課題を指摘した。展示がヒトラーの犯罪に深く切り込まず「陳列」にとどまった一方で、ヒトラーが愛用した制服などネオナチの「崇拝物」が意図的に展示から外された点だ。同館では過去にネオナチ支持者が乱入した前例があるため、今回もそうした可能性を想定し、貴重な展示物は強化ガラスなどで厳重に保護されている。

 だが最近のドイツ経済の好調もあり、ネオナチ運動も現在はそれほど顕在化していない。ウェーバー教授は「ネオナチの反応を恐れるのはやめ、歴史家はヒトラーを堂々と扱うべきだ」と主張する。左派系ローザ・ルクセンブルク財団の極右問題専門家、ブルシェル氏も「ヒトラーの呪縛が強まることはもはやない。良い展示をすれば若い人々の歴史理解は深まるだろう」と話している。

 ■戦後ドイツのナチス賛美禁止

 ドイツでは戦後、ナチスを賛美したり、シンボル・スローガンを掲げたりする行為を刑法で禁じている。最近も、ヒトラーの演説を携帯電話の着信メロディーにしていた男が6月、ハンブルクで警察に拘束された。ヒトラーの著書「わが闘争」の出版もドイツ国内では認められていないが、著作権は現在、バイエルン州政府が保有している。ドイツの著作権は死後70年間保護されるため、ヒトラー自殺後70年の2015年に権利が切れることになり、その後の出版の是非についても議論を呼んでいる。

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