KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

龍馬伝ー海軍操練所閉鎖前後の本当の史実

久々龍馬伝の話です。

まあ異論がある人もいるでしょうが、単純にフィクションのドラマと考えれば今回の龍馬伝は少なくとも昨年の天地人よりはよくできている、といっていいと思います。

まあ何度も書きますが、歴史小説、歴史ドラマは歴史のシミュレーションではなく、小説家の浅田次郎さん風にいえば「歴史ドラマといっても所詮は嘘を書く」というのも事実ですので、あまり細かい所で史実と違う点を指摘してもあまり意味がないことかもしれません。

しかし一方では大河ドラマがそのまま史実である、と勘違いする人がいることも事実ですので、一応今回の蛤御門の変(禁門の変ともいいます)から海軍操練所閉鎖まででドラマと史実の違う点を整理しておきましょう。

1.海軍操練所閉鎖が決まったのが蛤御門の変直後であるかのように描かれていますが、実際に閉鎖が決まったはその3ヵ月後の十月二十二日です。

2.来週いよいよ西郷吉之助(隆盛)が登場しますが、実際には龍馬は海軍操練所閉鎖が決まる前の八月に始めて西郷に会っています。

3。蛤御門の変から10日後に龍馬は楢崎龍(おりょう)さんと祝言をあげています。つまり今回でもう結婚していないと本来はおかしいんです。

これ以外に今回の台本だと勝海舟軍艦奉行を罷免したのが一橋慶喜であるかのような印象を受けますが、実際は幕府保守派の阿部正外が勝罷免に動いた人物です。尚、ドラマでは斎木しげる扮する板倉勝静が保守派で勝や海軍操練所に対して快く思っていないかのように描かれていますが、実際には全く逆で寧ろ幕府内では大久保忠寛と並ぶ勝の理解者でした。実際、勝海舟板倉勝静について「あのような時代(幕末)でなければ、祖父の(松平)定信公以上の名君になれていたであろう。巡り会わせが不幸だったとしか言いようが無い」と語っています。

ちなみに勝海舟一橋慶喜と対立するのは第二次長州征伐の頃でまだ二年後の話、のはずです。

まあ細かい点を上げればキリがありませんが、確かに今回この一橋慶喜板倉勝静、そして後藤象二郎もちょっと醜悪に描きすぎのような気がしますね。後程龍馬の海援隊設立に協力し、龍馬の再々脱藩を許すことに尽力した人物にしては、この描き方は少し首をかしげたくなります。

まあ、「歴史ドラマといっても所詮は嘘を書く」といってしまえばそれまでですが、とにかく今後まだ出てこない人物(高杉晋作小松帯刀、グラバーetc)がどう描かれるかみものですね。

ちなみに一点だけ、龍馬のあの名文句「日本を今一度洗濯いたし申し候」の文章が出てこなかったような気がするんですが、私が見逃しただけなんですかね?(何回か仕事の関係で見そびれた回もあったのも事実なんで) もし龍馬伝がそれを出してなかったらそりゃまずいんじゃないかなあ。ご存じの方、教えていただけると助かります。