KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

トヨタリコール問題と日本の「サラリーマン社会」の弊害

さて、アメリカ議会のトヨタに対する公聴会の模様は連日報道されていますが、私は今回のこのトヨタの問題、単なる日本の屋台骨企業の問題にとどまらない極めて深刻な問題を宿していると思います。

日本は第二次大戦後、高品質な「モノ作り」を世界に販売して今日の経済力を築いてきた、これは誰も異論がないと思います。トヨタなどはその先頭に立った企業で、世界を驚かす多くの技術も開発してきました。

私も一時的とはいえ、メーカーにいましたがとにかく一に品質、二に品質と良い「モノ作り」の精神を徹底的に教え込まれたのを今でも憶えています。しかしそんな私からみれば今回のトヨタの対応は明らかに首をかしげたくなるものでした。

まず今回の「ブレーキの不具合」が多数報告されているにもかかわらず何の対策も取らなかった、というのが本当にそうだったのか信じがたいです。我々が新入社員だった時代は商品開発の時に部品に何か不具合が報告された場合は「疑わしきは罰せよ」という精神のもと、問答無用でその部品の交換、代用部品での動作確認、品質を即刻行なっていました。それが技術開発、製品開発の現場でははっきりいって当たり前だったのです。

今回はブレーキの不具合、特に電子制御の不具合の可能性が高いようですが、そうした「疑わしき部品」が存在した場合は過去のトヨタだったなら問答無用でリコールだったでしょう。ところがその対応を取らなかったばかりにかえって問題は大きくなってしまいました。

大量台数のリコールだけでなく、このために長年かけて築かれたトヨタの信用に傷がついてしまったのです。数十年かけて築いた信用はたった一回の対応を誤っただけでいっきょに崩れてしまうもろいものです。日本の屋台骨企業だけにこれの日本社会に対する影響は計り知れません。

部外者なので詳細な事情は知りませんが、私が特にこの問題が深刻だと思う理由はトヨタ社の反応のしかたを見るにつけどうも関係者の「保身」の姿勢が見え隠れすることです。このことを放置することに対する結果よりも、これが問題化して自分の立場が悪くなったら、 なんてことを考えているように見えてしまうのです。

霞ヶ関の役人ならこういう態度をよくやりますが、日本を代表する企業の責任者がこういうことをもし考えていたとしたらこれは日本の経済界、企業社会が予想以上に深刻な体質になっているといわざるを得ません。

トヨタ創始者で現豊田織機の創業者の豊田佐吉は、日本古来の職人的精神によって高品質な織機を開発しました。そしてその精神を長男の喜一郎が受け継ぎ、その職人性を自動車に生かしそれが現在のトヨタの礎になっています。いってみれば今は巨大企業であっても昔はベンチャー企業だったわけです。同じようにガレージ同然の町工場から世界のバイクを作った本田総一郎、同じく町工場からトランジスタラジオを世に送り出した盛田昭夫井深大、みんな今で言えばベンチャー企業であり、日本の戦後復興には彼らのような「起業家」がいたからこそ達成できたといっていいでしょう。

ところが最近はどうでしょうか? 全員がそうだとはいいませんが、大半が「サラリーマン」の階段を上ってきた人で管理能力はそこそこあっても、あえてそこから何か産み出そうとしていない人が多いように見受けられます。極端なこといって「自分の社長の任期」につつがなく何もおこらなければそれでいい、くらいのことしか考えていない。そんな人が多いような印象があります。そこに「起業家」精神は見当たりません。勿論新たなことにチャレンジしている「起業家」精神をまだ持っている人もいますが、何かこういう人が少数派になりつつあるのではないか、そんな危惧を強く持っています。

そういうメンタリテイの経営者や会社内の責任者が何か大きな問題が発生した時、真っ先に考えるのは「自らの保身」です。特に最近はちょっとでも問題が起きると「リストラ」の対象になりますから余計に「自らの保身」の方向に気持ちが動きやすくなります。今回のトヨタの問題はそうした「サラリーマン社会」の「自らの保身」が引き起こしたのではないか、品質優先でリコールを率先して起していればこれほど問題が大きくならなかったのは確実でしょう。

こういった「自らの保身」の体質、そして「起業家」精神の喪失、それが最近の日本社会の閉塞感をもたらしているような気がしてなりません。

ちなみに話はそれますが龍馬伝に出ている岩崎弥太郎があまりに汚すぎるといって三菱グループが怒っているようですが

■グループ始祖の岩崎弥太郎が「汚すぎる!」「龍馬伝」に反発する三菱の「天国と地獄」
http://careerconnection.jp/review/weekly20100208.html

この発言が社員ではなくグループの経営者から出た、ことに私は事態の深刻さを感じています。

岩崎弥太郎の若い頃は確かに極貧生活であり、そのあまりにみじめな生活が彼のハングリー精神を育み、それが現在の三菱グループを作った原動力になったのは明らかです。
つまり私にいわせればこういう極貧生活から財閥を作るまでになった岩崎弥太郎こそが
ジャパニーズドリームであるという点です。

こういう話こそが今の日本に必要なはずで、それこそが夢を作り現代の閉塞感を突破するエネルギーになるはずです。

その夢を作った張本人が作った会社を引き継いだ現代の経営者がそれを理解できないというのは情けないと思わざるを得ません。
ここに今の日本の経済界の体質の問題がある、と感じるのは私だけでしょうか?