KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

新自由主義の幻想を蔓延させたマスメデイアの罪について

さて、お正月明けの最初の週が終わりました。
私も少しずつですが通常の業務に戻りつつあります。

 さて、世界的な経済不況の中にあり私自身も「新自由主義の幻想の終焉などという記事を書きました。ネット系、2ちゃんねるmixiを始め多くのブロガーも小泉、竹中による「新自由主義で自分たちは成功できる」などという根拠のない幻想を信じ込み、それに批判的な人間を徹底的に誹謗中傷で叩くなどという構図が長い間続いてきました。メデイアも小泉政権新自由主義政策を強烈に後押ししました。一時小泉改革に反対=守旧派、というレッテルを貼り、この時期それこそ朝日新聞ですら新自由主義を支持する社説を出し殆どのマスメデイアは小泉改革こそが日本をよくするかのような報道に終始しました。その関係でテレビ新聞とも小泉純一郎竹中平蔵に批判的なコメントなどは殆ど出ないまま、森田実氏のいうようにマスメデイア全体が「新自由主義プロパガンダ機関(森田氏によると日本のメデイアの"ゲッペルス")と化したー少なくともそう受け取られても仕方がないような状態だったのは確かでしょう。マスメデイアに登場するジャーナリストで小泉の新自由主義を明確に批判したのは私の知る限り故筑紫哲也氏と鳥越俊太郎氏くらいですね。

 ただし、ここで大前提として抑えなければならないことはたとえマスメデイアがどんな報道をしようとメデイアが情報を「仲介」するクッションに過ぎないわけですから、マスメデイアの情報を自分なりに判断し、その情報にどれだけ信憑性があるかどうか吟味できる「メデイアリテラシーが備わっているかどうかが大事な問題です。
先ほどの新自由主義の幻想」を信じ込んでしまった多くの人(主に若者とワイドショー視聴者の主婦といわれる)は残念ながらこの「メデイアリテラシーが備わっているとはとてもいえないと思います。殆どの人がメデイアの情報を殆ど鵜呑みにしてしまったーいわゆるB層といわれる人たちーわけで、そういう人たちは残念ながらマスメデイアの報道を批判するのは正直違うと思います。

どんな情報が発信されてもその情報を判断するのは視聴者読者ですし、それが前提にあるから過熱報道も罰せられない。今時、電車に乗って、「行き先間違えた! 表示が分かりにくいから悪いんだ! 前もって調べるのなんかめんどくさーいっ」っというのと同じですね。最近また例の「非正規社員の解雇」や「派遣村」にからんで新自由主義信望者の「残党」が「自己責任論」を撒き散らしていますが、そういうメデイアに煽動され振り回され流されてしまっているのもある意味「自己責任」です。そういう人はいくら「マスゴミに騙された」とぼやいたところで残念ながらマスメデイアを批判する資格はないといわれても仕方がないですし、はっきりいって頭悪く見えますからやめた方がいいと思います。

情報過多社会に生きる我々だからこそ、情報やメデイアに対するリテラシーを持つというのはこれからの社会を生き抜いていくために絶対に必要なことであります。よってマスメデイアの垂れ流す情報に右往左往したり、「流される」(特に日本人は流されやすい国民ですが)のは非常に危険なことだということは声を大にしていいたいと思います。

 しかしだからといってこの新自由主義の幻想」を蔓延させたマスメデイアに一切の責任はないのか、といえば勿論それは違います。私は今回のマスメデイアは戦前軍国主義を煽った時と同じくらいの罪を今回犯したといっていいと思います。勿論先ほどもいったように報道には先ほどのような「リテラシー」が前提になっていますから、法律的にメデイアが罰せられるなんてことはありませんが、今回のことで日本のマスメデイアは自らその信頼性を自分から投げ捨てたといわれても仕方がない部分があります。
 
 ひとつあくまで噂ですが気になる情報があります。これは森田実氏がフジテレビの「めざましテレビ」に出演した時に次のようなことがあったということです

以下よりの引用
森田実氏の「崩壊前夜 日本の危機」を読んでみて
http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2008/12/post-3790.html

森田実氏は植草さんと同様に、2001年当時から、小泉政権が弱者切り捨て、福祉切捨て、地域切捨ての政策構造を持つことを見抜いており、小泉政権発足時から、この政権の危険性、方向性の間違いを指弾し続けていた。小泉純一郎氏が2005年に、郵政民営化のために衆議院を解散した翌日の9月9日、フジテレビの「めざましテレビ」のコーナーで、森田氏は「小泉首相憲法違反をした」と発言した。

 その内容であるが、憲法第41条は、国会は国権の最高機関であり、唯一の立法機関であると規定している。その国会が郵政民営化を否決したのに内閣総理大臣が納得できないと言って、国民投票に代わる衆議院選挙で決着を付けようとした行為は、内閣総理大臣が従うべき国会の決定を踏みにじり、自分を国会の上位に置いたことになり、これは明らかな憲法違反である、小泉首相は直ちに責任を取るべきだと森田氏は言ったそうである。この話は当時、少し話題になったから私も覚えている。「森田さん、よくぞ言ってくれた!」と快哉を叫ぶ思いだった。

 ところが、この出演を契機に森田氏はフジテレビ生番組の出演依頼がぴったりと止まった。その後、何日かしてTBSのお昼の芸能番組からも出演依頼があり、森田氏は静岡7区(当時、城内実さんと片山さつき氏の大激戦があった区)にかかわることについて、控えめに語った。その日の夕方、官邸から政治部記者が二人駆けつけて会議が持たれ、その後、テレビ・ディレクターが、「今後は森田に依頼するな」と、森田氏に知らせてくれたアシスタント・ディレクターに命令したそうである。森田氏はここできわめて控えめにこう書いてある。「その記者が官邸から何かを言われたのだと思います」と。

 私はこれは単なる噂で事実ではないと心の底から願っています。しかしもしこれが事実だとすればフジテレビやTBSは官邸の圧力つまり政治権力の圧力ーに屈して森田実氏を排除したということになりこれはフジテレビやTBSというマスメデイア、報道機関が自ら進んで「言論の自由を放棄した」と受け取られても仕方がありません。卑しくも言論の自由を標榜する報道機関であればこのような噂がたつだけでもこれは屈辱的なことであるはずです。もしフジテレビとTBSがこの噂が事実無根であると主張するのならこの経緯を国民に納得できる説明をすべきだと思います。それができなければ言論の自由を主張する資格はフジテレビにもTBSにもないといわれてもしかたありません。

 そして枚挙に暇がないですがみのもんたを始め、多くのコメンテーターが新自由主義を煽動する行為を行いました。竹中平蔵などはまだこの時点でもスター扱いでえらそうにコメンテーターとして出演していますが、なぜこの時点までマスメデイアは竹中に固執するのか理解不能です。あるいは背後の政治圧力に屈して竹中をバックアップするようにいわれているのでは、と勘ぐりたくもなります。

 とにかくこの「新自由主義の蔓延」においてメデイアリテラシーということを差し引いても日本のマスメデイアが権力のチェック機能を事実上放棄した、といわれても仕方がない点であります。

かつて戦前の日本の軍国主義の時代にそうであったように

おそらくもうすぐしたり顔で手のひらを返したように新自由主義政策を批判するようになるのは見え見えですが、視聴者はマスメデイアの人間が考えるほど愚かではありません。

それは新聞の購読料の激減、テレビの報道の視聴率低迷 マスメデイアの報道の信頼性の失墜という面で強力なしっぺ返しが待っていると思います。これはどんな批判よりも彼らにとって恐ろしい「仕返し」であります。

 アメリカでも911の時メデイアは事実上権力のチェック機能を放棄したといわれても仕方がない状態でした。それについて3大ネットワークのニュース報道番組は5%未満の超低視聴率に喘ぎました。
 マスメデイアの報道の信頼性が地に落ちたその報いでした。 

それでも僅かですが健全なジャーナリストが大手メデイアに残っていました。並居るアメリカの名門メデイアでも911の報道の仕方に対して明確な自己批判をしたのはニューヨークタイムスだけでした。これ以降アメリカのメデイアの中ではもっともブッシュ政権に対して批判的な報道を続けました。

 日本のマスメデイアで自分たちの報道内容を明確に自己批判できるところなどあるだろうか。それだけの責任感を社会使命感を持っている報道関係者は果たしてマスメデイアに残っているだろうか。
そう憂慮せざるを得ません。

尚、この記事を読んでもし誹謗中傷と受け取った報道関係者がいたとしたらそれは問題の本質を少しも理解していない証拠だと思います。

健全なジャーナリズムがまだこの日本に残っていることを心から祈っています。
尚、報道マスコミ関係者からの反論等がもしあれば誹謗中傷かスパムでない限りはお受けいたします。

長文失礼しました。