KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

記者クラブー現代の大本営発表

まあ引用記事の雑誌が雑誌ではあるんだが、かねてから私が思っていたことを書いてあったので..

大手マスコミが「記者クラブ」で“報道の自由”を蹂躙!
前編 http://www.cyzo.com/2008/06/post_684.html
中篇 http://www.cyzo.com/2008/06/post_685.html
後編 http://www.cyzo.com/2008/06/post_686.html

はっきりいおう。マスコミは表向き「人権」とか「弱いものの見方」といいながら実際は逆の体質を持っている。「言論の自由」という水戸黄門の印籠のようなものは、実は都合のよい時だけ振りかざし、記者クラブのような「既得権益」は必死に守ってきたのだ。「規制緩和」とか「構造改革」などを唱えながら自分たちの「既得権益」は頑強に守ってきた。マスコミは本質的に偽善的なものなのである庶民の味方面して、実際には庶民をふみにじってきたといっても過言ではない

この「記者クラブ」−外国の記者から見れば奇異に移るのは当然のことで、ある外国人記者は「民主主義の国でこういう記者の制度を作っている国は他に見たことがない」といっていた。一般の外国人記者は当然入れないから仕方なく「外国人記者クラブ」なるもので国の情報を得るしかない。

この「記者クラブ」の制度が言論の自由」を守るためとは片腹痛い。これは私に言わせれば「現代の大本営発表」である。政府とマスコミが事実上ある「情報操作」の協定を結んでいるのと同じで、かくして先日のチベット報道にせよ、アメリカのテロ対策にせよ、結果的には「政府の意向に沿った」報道を行うことになる。つまり「言論の自由」どころか政府や行政の「情報操作」の場所であり、「世論操作」の場所でもある。政府からの情報ーそれも政府によって操作され「都合の悪いこと」は報道しないという協定を結ぶ制度である。だからあえていうが現代の「大本営発表」と同じである

大手マスコミがこの「記者クラブ」制度を死守する限り、偏向報道は続くだろうし実は日本のマスコミは権力に従順である、ことの証明でもある。そう受け取られても仕方あるまい。