KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

これでも不安は消えないー裁判員に関する指針

仕事代われぬ特別事情…裁判員辞退に最高裁が指針
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080405-OYT1T00809.htm

いわく

来年始まる裁判員制度に向け、最高裁裁判員候補者から辞退の申し出があった場合に裁判官が認めるかどうかを判断するための指針をまとめた。

 居住地や職業、生活スタイルなどのグループ別の調査を基に裁判員となる際の障害を分析、「成人式シーズンの美容師」「資格試験直前のフリーター」など、辞退理由として考慮すべきケースを例示した。最高裁は調査結果をデータベース化し、選任手続きの際の判断材料にする考えだ。

以前私は別ブログで裁判員制度に関して以下のような見解を示した。特にこれをやることによって「生活」そのものに影響が出る点を問題視した。

「アメリカの陪審員制度の真似ーフリーランス、自営業には無理」
kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2007/10/post_b405.html

今回の指針の基本的な考え方は以下のとおり

その結果、職業や立場にかかわらず〈1〉他人に仕事を代わってもらえない特別な事情があるか(代替性)〈2〉仕事や生活に深刻な悪影響が出るか(影響)――の2点を特に重視すべきだとする基本的考え方を示した。

私などは一応形上は「会社経営者」だが典型的なフリーランスである。しかも業務は私以外には行えないケースが多い。それじゃ、私は辞退したら認められるのかというとどうもそう簡単にはいかないようである。

辞退を認めるかどうかは個々の裁判官の判断に任されるが、最高裁は判断する際の重要な参考資料とするため、調査結果を全国の地裁に配布する。来年までに、60〜80グループを追加調査し、今回の結果と合わせてデータベース化。裁判官がキーワードで検索できるシステムを作る方針だ。

つまり最終的には裁判官個人の判断で決まる。ということは仮に自分自身は上記の「〈1〉他人に仕事を代わってもらえない特別な事情があるか(代替性)〈2〉仕事や生活に深刻な悪影響が出るか(影響)」を申請しても却下される可能性はあるということである。
極端にいえば、私の説明を裁判官が「気に入られなければ」どんな差し迫った状況でもこちらの主張は認められない可能性があるわけで、これじゃとても不安は消えない。

あと私の別ブログのこちら記事でも述べたが

裁判員制度ーアメリカ陪審員制度のまね 2
kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2008/03/post_c4a5.html

そもそもこれだけ国民生活に直接影響を与える法律を国会でたいした議論も行われず、そして勿論国民のきちんとした合意もなされずに推進されたこと自体が問題だ。社会的にいわゆる「グローバリズム」を肯定する風潮の中で成立した法律だが、何でもアメリカのグローバリズムがいいという発想は変えたほうがよいのは、最近の「サブプライム」問題でもあきらかであろう。「グローバリズム」というのはアメリカ、イギリス主導のバブルの一種でしか結局なかったのである。それをITという「オブラート」にくるんだため、「グローバリズムに反対=守旧派」などという単純な図式が広まった。

それと私の二度目の記事にも述べているが、実はこの裁判員制度、戦前の日本にもあったことをご存じだろうか。大正デモクラシーの動きの中で裁判に対する意識の啓蒙を意図して太平洋戦争直前までこの制度は存在した。だが実際は昭和に入ってから裁判員を辞退する国民があとを絶たなかったという。つまり一度失敗している制度なのである。それをまた制度として再度施行を強行しようとしている。

このままでは混乱も必至だし、この制度自体の運用凍結もしくは廃止を陳情している目だった動きも見られない。日本という国はその意味で不思議な国である。今回の指針で不安感が払拭できたともし裁判員制度推進の人間が考えていたとしたら大間違いだ。不安は全く消えない。