KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

鵜川氏逝去と彼の桐蔭学園について

注:この記事は元々音楽ブログに掲載されたものですが、音楽の話題ではないためブログの記事の整理作業の際にこちらのブログの方に記事をうつそうと考えました。しかし記事の反響が大きかった点とこの記事の内容に嘘偽りがないことをOB関係者のコメントによって証明されたこともあり、元の記事を以前の場所にそのままにしておきました。
http://kyojiohno.cocolog-nifty.com/kyoji/2007/11/post_22f2.html
よって元の記事の内容のみこちらに掲載しておきます。
==========================================================

正直いってこれをブログに書こうかどうか迷っていた。正直かなりの葛藤があった。もしかしたら「死者を鞭打つ」ことに結果的になるかもしれないから、 また当学校OBに鵜川氏を熱烈に尊敬し、中には本当に「神」のように崇めているいる人すらいるのも事実。そういう人たちを刺激するかもしれない、実際この関係で当ブログのアクセス数も増えた。

だがこの学校の本当の姿は卒業した人間でないとわからないであろう。それについてあえて今だからこそ公開した方がよいと思った。一部のOBからの批判や反発を買うことを承知の上で

一昨日、ブログでは建前上「ご冥福云々」と書いたが、ここであえて本当の本心を書かせていただきます。

率直な印象は
「驚き」はした。だけど「ふーん」という感じ

正直いって悲しみなど覚えない。もっとはっきり本心をいうと「どうでもいい」

寧ろ私がお世話になった大学の市井三郎教授が急逝した時は本当に深い悲しみを覚えた。また高校や大学の同級生でまだ若いのに他界したのを聞いた時も悲しい気持ちになった

だが今回はそれが     

ない

確かにあの高校にいたから、インフルエンザで最悪の体調で大学受験しても現役で大学に入れた。滑り止めしか受からなかったけど一応現役で入れた。

それは感謝すべきことなんだろう。

高校時代に本来ならもっと経験すべき多くのことができなかったが、それは別にあの校長のせいではない。それは私自身の責任、問題、校則が厳しかろうがいわゆる男子校(当時は女子部はなかった)という制度のせいにはできない。もっと私なりに創意工夫があればその程度の問題は乗り越えられただろう

だが

あの学校で行われたのは本当に教育だったのか

というと 

断じて それは

違う ..........

よく考えて欲しい

一学年600人、これだってまともな教育をしようと思えば多すぎる数だ。

それが女子部が増えたとはいえ、今は一学年1800人 (!!) 

この人数では教師の数がどんなにいようが行き届いた教育などできるはずがない。これはもはや学校ではない。 没個性的な規格人間の工場である

そう、あの学園は某M菱が作った学校、 上司のいうことに盲目的に従い、与えられた枠の仕事のみをきちっとすることだけを考える没個性的「企業人ロボット」の培養工場、というのが正しい表現だ。

実際あの鵜川氏の理想は「官僚主導の国家主義的資本主義」 そしてその理想に最も適した人材を養成する、それが桐蔭学園の基本理念である。

そう、岸信介からの戦前のメンタリテイを色濃く反映した保守右派の考え方である。鵜川氏はその熱烈な支持者だった

そのため校則は戦前の軍隊学校を思わせる内容だった

そしてそれに従わない者には容赦ない「鉄拳」が待っていた。普通の学校なら暴力沙汰で大問題になるはずがなぜかこの学校では全て不問、私の記憶が確かなら在学中も少なくとも教師の暴力で4-5人の入院者が出ている。そして言葉による今でいうパワーハラスメントなど日常茶飯事。

ちなみに私の頃は男子校だったので教師も遠慮なしにそういう行為に走っていたが、女子部ができても同じような行為をしていたのだろうか。まさかいたいけな女の子に拳でぶんなぐり、竹刀で何回もぶったたき、なんてことを実際したかどうかまではわからない。いくらなんでもそこまではしていないと思いたいが...

まあ、そんな学校を作った人物である

だがこの理念は日本の保守層(特に右派や殆ど右翼(いわゆる経済右翼と呼ばれる人たちが中心)といっていい人たちまで)、自民党の右派や財界関係者にはものすごく受けた。そして「学校ビジネス」としては大成功した

東大が一時100人に迫った? 早大、慶応の合格者は他の学校を圧倒 !?
そりゃそうだ、一学年の1800人もいればね。

鵜川氏は教育のビジネスマンとしては間違いなく一流である。なんといっても一代で膨大な学園地を作り、横浜市の丘と藪しかなかった場所に巨大な学校を建てた。それはいい悪い、好き嫌いは別としてすごいことだ。

だがあくまでビジネスマンとしてだ。  教育者としてではない

少なくともこの学校から私が直接受けた人生観やその他の精神面での影響は

皆無といってよい 

お前には愛校心がないのかって?

そりゃ少しはありますよ。 最近は全然駄目だけど野球部が甲子園に行った時はうれしかったし、今はラグビーも強いようだ。スポーツでも名を上げている学校ではあるが...

しかし残念ながら早くもほころびが見えてきた
鵜川氏の他界の前日に不祥事が起きた

桐蔭学園高1年の男子柔道部員を逮捕/横浜・青葉区で路上強盗【速報】
http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiinov0711605/

まずいことにこの柔道部員「先輩と酒を飲んだ」と供述しており事実だとすればこれは一人や二人の退学処分では済まない。

柔道部は桐蔭の運動部の中でも伝統ある運動部であるだけに
不祥事が発展すると
桐蔭のダメージはかなり大きい

たぶん、不祥事はこれだけじゃないと思うけどね。表に出ていないことがおそらくたくさんある。

ついでにいえば

桐蔭は「受験もスポーツも強いー文武両道の人材を育成している学校だ 」
などとプロパガンダしていますが




真っ赤な嘘 

スポーツ特待生と普通の受験生が両方いる

1800人もいればピンキリです

ちなみに次期校長と目されている榊原氏
我々は「バラキ」と彼を呼んでいた。 元野球部の部長
鵜川の腰ぎんちゃくといわれた男(私が言ってるのではありません、念のため)
勿論カリスマ性では鵜川氏に数段劣る。

誰がなっても鵜川氏のような指導力を発揮するのは無理

この学園の 周落は
避けられない   残念ながら

だから申し訳ないですが、この方が死んでも
悲しみは特に感じません。
もっとはっきりいえば  「どうでもよい」

これが私の本心です。