KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

取り返しのつかない過ち

■「授業減らしすぎた」中教審が異例の反省(読売新聞 ) の報を受けて

まずこれに関してはいいたいことは山ほどある。しかし「詰め込み教育に戻せ」というのは違うだろう。

そもそもこの「ゆとり教育」とやらは受験等による「にわか知識=暗記=応用が効かない」という反省から出発したが、「考える力を養う」という本来の目的は失われ、学習時間の短縮のみが強調された。どうもある特定の連中から本来とは別の意味の方が強調された傾向がある。そもそもこの「ゆとり教育」などという名前自体が、本来の趣旨とは別の先入観を与えてしまった。どうも官僚の一部が「これこそ愚民化の好機」と考え、意識的に本来の趣旨を「捻じ曲げた」と思われるふしがある。何度もいうが官僚にとって愚民が多いほど都合のよい社会になるからである。

なぜなら「考える力を養う」という本来メインのこの方針の目的がいつのまにかどこかに行ってしまったからである。個性や自主性を尊重する教育というのが本来この目的であったはずなのに、誰かが「ゆとり」などという名前をこの方針に命名し、この「ゆとり」という言葉が一人歩きした。本来の趣旨を考えれば「考える力を養う教育」というべきであろう。そのためいつのまにか基礎学力に必要な最低限の知識を教えることも「詰め込み」と考えられ、現場で忌避された。その結果がこの体たらく。

本来の狙いと現実を見てみよう(比べるまでもないが..)
・思考力や表現力といった学力と、他人を思いやる心などを「生きる力」として提唱。

日本人はもともとこういうことが下手だが、若い人で自己紹介すら満足にできない人間が多い。

・他人を思いやる心? 電車等での女子高生のマナーを見るがいい

・教科を横断した学習で思考力などを身につける「総合学習の時間」
最近の日本人を見てみよう、某バラエテイ番組の捏造や情報操作にいとも簡単に煽られる人たち(例の納豆は記憶に新しい)某亀○の茶番以下の試合に28%の視聴率を報道規範意識0の放送局に提供する人々

ー「思考力」どころか「思考停止」の国民であることは明らか

10代後半から21-22才の若者を見るがいい
まともな日本語が通じない、ロクに字も読めない、下手すりゃ基礎的な計算すらできない動物の知能同然の若者が大量生産される。

「ゆとり」=勉強させない、基礎的な勉強もさせない、という風に「わざと」運用したのは誰か? これは文部官僚でしょう。

中教審だって、そもそも教育現場のゲの字も知らない奴らが偉そうに現場を自分たちの方針でがんじがらめにしているシステム、これ自体が問題なのはだいぶ前からいわれてきたこと、この中教審のメンバー。自分の子供をまともに育てているのだろうか? ここで反省だけじゃすまないでしょう。これ民間企業だったら全員クビですよ。

彼らの推進したことがこの国にとって「取り返しのつかない過ち」だyったことは事実。その責任とって全員辞表を出すのが筋だと思うが,,これが戦前の日本なら全員切腹でしょう。

それでも文部官僚の悪い奴らはほくそ笑みながら責任のがれするだろうが...
(元Yahoo日記掲載)

広告を非表示にする