KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

皇室典範見直し議論

皇室典範見直しに始まり、紀子様の懐妊の話が出たとたんにロコツといってもいいほど見直し議論がピタっと止まり、しかも今男女性別など事前に簡単にわかるのに、あえて性別の発表をしないというこの「政治判断」これらを茶番といわずして何といよう

一般的に日本で天皇家、皇族の話となるとどうも感情のレベルで議論されることが多い。特に宗教意識の希薄な日本人は天皇家の話となるとファナテイックになることが多い。これは実に不思議な現象である。

もともと今の皇族、天皇の「象徴性」というのもいかにも日本人にフィットした「玉虫色」の存在だ。当時のGHQが作り上げたものだが、要は日本を民主国家にする場合天皇が政治的権力を握ったままではまずい、しかし天皇そのものを廃すると日本社会自体が存続でき
なくなるという判断だったようだ。その判断は政治的には正しかった。当時のGHQのメンバーには驚くほどの日本通でなおかつリベラルな人間が多かったこれは結果的に日本にとって幸福ではあった。

しかし肝心な問題は触れられずに終わった。

結局日本人にとって天皇、皇族とは何なのかという疑問である

いわゆる右翼系の人を見ると天皇をいまだに「神」ととらえている人間が多いようだ。天皇こそが自分たちのアイデンテイテイーそのものと考えている。これは右翼系の人だけでなく保守系の人、天皇家が好きな人の多くがそう考えている。この人たちにとって天皇家を否定するのは自分たちのアイデンテイテイをそのものを否定されると考えているようだ。だから天皇家にまつわる話だと感情的になる

これも日本人らしいといえば日本人らしいのかもしれない
ちょうど会社そのものが自分のアイデンテイテイと考えたジャパニーズビジネスマンと同じである。だが日本人にとって天皇家はアイデンテイテイ以上のものを持っている。つまり日本人が殆ど唯一もっている「ブランド」という意味

海外の「ブランドもの」を買いあさる日本人は、日本のものがどんなに優秀でも海外で認められなければ真の意味で認めない傾向は昔から強い。自分で自分の国の価値が決められないのだ。イチローですらメジャーで活躍して初めて真の意味で全国区になった。これはどうしようもない昔からの日本人の体質である

しかし天皇家だけは例外だ。ギネスにも認められた少なくとも確実にわかっている範囲では1500年は日本の権力の中枢にいた家系である。これは他の国では例がない。そして歴史を振り帰れば天皇の味方は「官軍」天皇に反逆したものは「賊軍」となる。足利尊氏などは南党の天皇を正統といまだにされているためいまだに「賊軍」扱いされている。その流れが今も残っている。実際先の大戦天皇でなければ戦争を止められなかった。強硬に主戦論を唱えていた陸軍も「賊軍」の汚名だけは着たくなかったのである

しかし当の皇族はどうか。皇太子は学生時代に学習院の同級生に「君らは自分で自分の道を決められるからいいよね」とこぼしたという話が伝わっている。そう今の皇族には実は基本的人権がないのだ。更にプライベートは宮内庁にがちがちに管理され殆どないに等しい。これは雅子さんでなくても普通の人ならノイローゼになるだろう。それを考えると皇族が本当に今のままでいいのかという疑問はある

とにかくもう少しこの問題では冷静にとらえる向きがあってもいいのではないか、と思う

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