KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

24時間テレビについて

昨日、今日とご存じのように某読売系の地上波で24時間テレビなるものが放送されている。視聴者を始め多くの人たちから善意の募金を集め、障害を持った人たち、恵まれない人たちへ支援する目的で行われている毎年恒例のイベントである。

実は私はこの番組が大嫌いである。

恵まれない人たちに対して募金をする人たちの善意は私自身敬意を持って尊重したいし、番組で数々紹介されている障害や恵まれない環境に立っている人たちをめぐる様々な美談や人間ドラマに水をさすつもりは毛頭ない。ではなぜ私がこの番組に嫌悪感を持つのか?

それはそうした視聴者や一般庶民の本当の善意、心からの助け合いを放送局からみで利用し、自分たちの利益に結び付けている事実にある。放送局全ネットワークを使い某読売広告グループはこんなにも社会にいいことをしているのだというプロパガンダを流すことは私にはあまりにもしらじらしい偽善の固まりに見えてしまう。

メデイアリテラシーが確立しているとはまだ到底いいがたい日本社会においてはわかり辛いかもしれないが、実は世の中にテレビというメデイアほど本質的に偽善的なものはない。

例えばメデイアの報道は政治家等の世襲や、その閉鎖性をよく批判するがテレビ局に就職している人間をみるがいい。某テレビ局の女子アナの多くが芸能人や局関係者の親戚だったりしているし、(大半がろくにニュースも読めない)一般的には東大かそれ相当の超一流大学出身者である場合を除いては、局関係者か芸能関係者のコネがなければ放送局に就職できないのは一度でも就活をしたことがある人間なら常識である。つまり報道番組では世襲がどうの、学歴社会がどうのこうのえらそうに批判していながら、裏では普通の企業以上に学歴とかコネとかを重んじる。テレビ局というのはそういった本質を持っているのだ。

あと番組ではいろんなキレイごとを云っていながら、裏では金(や場合によっては女)にまつわる恐ろしく汚いことが公然と行われていることは一度でも放送局とつきあいがあった人間なら知っていよう。はっきりいって普通の企業の世界よりかなり汚い世界である。

私はテレビ局の全ての面を否定しているのではない。危険なのはテレビ局というものの本質を知らずに、彼らが提供する偽善に満ちた「甘い罠」にいとも簡単にはまってしまう人間が多いことである。日本人は特に「美談」とかいうものに昔から弱い。そこにつけこみ、多くの人々の善意を利用して企業の利益そのものに結びつけているという現実をもう一度冷静に見る必要はないだろうか?

放送局とはいえ企業であるから利益を追求するのは当然である。そのことが悪いといっているのではない。問題はその方法だ。24時間テレビは毎年平均視聴率20%以上、瞬間最高視聴率25%を獲得している。それによる広告収入はどのくらいだったのだろうか? その事実を忘れてはいけない。

感情や美談に惑わされてはいけない。テレビ局やそこに出てくるパーソナリテイーは決して「聖人」ではないのである。

(元mixi日記掲載)

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