KyojiOhnoのブログ

作曲家、編曲家、ピアニストそして製作会社の経営者ですが、ここでは音楽以外の社会一般のことの雑感について書きます。

ヨハネパウロ二世死去と日本人の宗教観

すでに報道されているように法王ヨハネパウロ二世が死去した。日本人の大半にとって他人事のようなことだろうが、私は海外、アメリカで生活した経験があるのでキリスト教徒にとってそれが何を意味するのか理解しているつもりだ。(ちなみに私はキリスト教徒ではないし特定の宗教に帰依もしていない)

日本人の多くは理解できないことだろうが、ローマ法王が死去するのは多くのキリスト教徒、とりわけカトリック教徒にとっては自分の親が死去するのと同じくらいの意味を持つ。日本では世界史の教科書でローマ教皇からみのいろんな史実で知っているくらいだろうが、平和と友愛を絶えず唱えていたこの法王は歴代の法王の中でも最も敬愛された法王の1人だろう。

日本では宗教に帰依する、宗教団体と関係を持つというと多くの場合、ネガテイブなイメージで受け止められる。元々そういう素地があったのだが10年前のオウム真理教事件以来それが余計に顕著になった。
実際こんなことがあった。うちの会社はCDプレスの仕事をしていてある出版社から「仏教の経典の解説」の内容を記したCD教材のプレスを請け負ったことがある。(全く実にいろんな仕事をしているもんだ、我ながら呆れる(^^:)) うちにとっては単なる1仕事に過ぎないのだが、うちの業者の1つが「宗教団体に関わる仕事」という理由で受注を拒否した。この仏教の教材は確か普通の浄土真宗か何かだったと記憶しているが、この会社にとっては普通の仏教もカルト宗教と同列に見えるらしい。しかしこういうことは決して珍しいことではない。どうも日本では(宗教に関係する=カルトに関係する)と短絡的に考える向きがある。

私は宗教に帰依する、入信するかは別として宗教に対して無知であるのはかえって危険なことだと思っている。宗教の経典を宗教の信者というよりは少なくとも「書物」や「文学」として読むだけでいろんなことが得られる。解説本が必要なら中沢新一のようなエセ文化人の本よりは本屋でちゃんとした学校の先生の本を読むことを勧める。実際文学として読むと旧約聖書などは面白い読み物である。下手な長編小説より面白い。

昨年父親が他界した関係で般若心経を読む機会が増えた。この般若心経の「色即是空、空即是色」を始めとする内容はすばらしく哲学的である。全てこれ空、無に帰して始めて心の平安を得られるというコンセプト、サルトルの実存哲学なんかよりよっぽど深いと思う。専門的な理解など必要ないが仏教なら仏教の経典がどういうものか最低限のことを理解していれば、オウム真理教のようなニセモノなどすぐに見破れたはずだ。日本には他にもカルト宗教予備軍といってよいものがいくつかあるがちゃんとした宗教であれば、多額のお布施を強要したり他の宗教を「異教徒」として憎むなんてことはありえないはずだ。この2点の事実があるだけでそれらはカルト予備軍といってよい。まして武装するなど言語道断。

宗教という形や枠にとらわれず、お互いの違いを理解し尊重する。ヨハネパウロ二世の最も大きな功績の一つはエルサレムに行きユダヤ教イスラム教の聖地に自ら巡礼し、3つの宗教の融和を図ったことだろう。歴史上初めて十字軍を過ちと認めたのも大きな点だ。もともとこの3つの宗教、知らない人も多いだろうが実は起源は同じなのだ。お互いの違いを尊重すれば融和できないことはない。これだけでも真の宗教家といえる。
同じように仏教の中で同じような立場であるダライラマキリスト教や他の宗教との積極的な対話をしている。この両者の顔は実に穏やかでいつも微笑んでいる。

憎しみではなく、愛と平和を訴える。そして心の平安を立場に関係なく与える、そこにこそ宗教の存在意義があるはずだ。ヨハネパウロ二世は少なくともそれをやってきた。ポーランド出身のためか東欧の民主化にも精神的な面でおおいに貢献した。来日して自ら進んで広島や長崎に行き核兵器廃絶も訴えた。それだけでも宗教宗派に関係なくその死を悼むべきではないか。

(元mixi日記掲載)